悠歩快走録☆3

悠々と歩み、快く走りたい

年齢詐称?

今朝は雨風が強く、通勤のバスは渋滞にはまり、かなり遅れた。
最近の低気圧はほとんどみな「爆弾低気圧」か?
明らかに異常気象だろう。大陸の環境破壊もかなり影響しているのだろう。
奥林匹克は本当に心配だ...! 西蔵問題も冷凍餃子も... 問題山積、困窮中国?

職場も問題山積だ。毎日が辛い。

身も心もへたり気味で帰宅してみたら、いくつかの郵便物の中に、鎌倉アルプストレイルラン大会の実行委員会からの封書があった。
記録表が入っていた。
全出走者(188人)の順位と、男女年代別の順位が記載されている。
順位/時間/氏名/年齢/生年月日

生年月日まであからさまになっている記録表は初めて見た。
個人情報保護が叫ばれている昨今、いいのかな?

さて自分の記録を確かめよう...

ちょっと待てよ!
年齢が4歳上になっているぞ。生年月日も4年と1日違う!!

私を知る人が何人かこの大会に参加しておられるが、これを見て、悠歩は今までサバを読んでいたのではないか、と疑惑の目を向けられそうである!

違う違う! なんだよ、これは!?

申込みの際に私が誤記するはずはないので、参加者情報をデータベースに入力する際に誤記したものと思われる。年金記録の誤記と同じようなものだろう。もちろん事の重大性は比較にならないが。

主催者のメールアドレス宛てに、「抗議」のメールをお送りした。
年齢を訂正し、生年月日を削除して、記録表を再発行していただければ幸いです、と書いた。

小さなことに拘らなくたって、と言われるかもしれないが、公開する必要のない個人情報が間違った内容で公開されるということは、決して小さな問題ではないと思うのである。

ちょっと今日はいろいろ悩ましいことが多かった。
呑んで寝て、明日はゆったりと休んで、明後日の「かすみがうらマラソン」に備えよう。
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「命をつなぐ」ということ

衝動的に他人の命を損なう事件が相次いでいる。
自殺はしたくないが、死刑になりたいなどと口走る殺人者。
生活の苦しさから家族を巻き添えにして死のうとしたが、死に切れなかった殺人者。
命だとか死だとか、自分中心にしか考えられないのか?

自分の命のことは、他人の命のことを通してでなければ、よくわからないのではないか、と私は思う。誤解のないように書くが、決して、他人を殺して、自分の命がわかる、ということではない! 他人の苦しみに共感してこそ、苦しみがわかる。他人を苦しめてわかる、ということではない。この辺のニュアンスがうまく伝わるだろうか。

B型肝炎のため肝硬変末期になり、米国での部分生体肝移植を行うことになったトライアスリートの平山経政さん。米国へ渡航し、手術を受けるための費用8000万円を目標とする募金活動が行われており、チャリティフルマラソンもあって私も参加したことは、11月4日の記のとおりだが、このたび、保証金44万ドルを支払うことができ、渡航することになったそうだ。

募金は3月18日現在で約6300万円に達した。あと1700万円。募金は続けられている。

参照:平山経政さんを救う会

一人の命を救うために、これだけのことが行われている一方で、いとも簡単に複数の命を奪ってしまう事件が起きている、ということを思うにつけ、自分の命を大切にしなければ、という思いが高まる。

かつて永六輔さんが出したエッセイ集のタイトルにこういうのがあった。
『死にはする、殺されはしない』

他人を、自分を、殺してはいけない。殺されてはならない。
いや、死ぬまで、生かさなければ。生きなければ。
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不覚にも涙...

昨日の追記で書いたように、今夜帰宅してから、NHK総合TVの「プレミアム10」という番組で、阪神淡路や中越、インドネシアの災害被災者を癒し励ますように生まれた歌の数々が紹介されることに気づき、最初から視聴した。

「満月の夕(ゆうべ)」
「しあわせ運べるように」
「ジュピター」
「今、風の中で」
「心の友」
「神戸讃歌(ヴィッセル神戸応援歌)」
・・・

不覚にも涙を流しながら聴いた。
とくに、神戸の野外で、ライブで歌声を聴いた「満月の夕」と「しあわせ運べるように」には!

「しあわせ運べるように」は、神戸の小学生(を始めとした市民)の愛唱歌だ。私が4年前に新長田駅前で聴いたのも、小学生の合唱(酒井俊さんも加わった)。
今、「しあわせ運べるように」を歌っている子どもたちは、阪神淡路大震災を知らないのだが、この歌を媒介にして、震災体験が伝わっているとしたら、ある意味しあわせだ。本当にしあわせが運ばれている。この歌をつくったのは神戸の小学校の先生。すばらしい先生だ。

平原綾香が「ジュピター」を長岡の花火大会で歌い、その後旧山古志村を訪ね、新たな歌(「今、風の中で」)をつくり、山古志の人たちに贈ったことや、スマトラ島で20年前の五輪真弓の歌が歌い継がれ、大津波災害を癒す歌になっていることにも感動してしまった。

つくづくヒトというのは、「こころ」の生き物であると思う。
歌のひとつで、言葉のひとつで、癒されたり、立ち直ったり・・・

もちろん、それだけで、何事も解決するということでは、決してないのだが。
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600日目の自問自答

600days

ふうん、そうか。
そんなに経ったのか。
600日も、な〜にやってたんだか!?

刹那に生きることを善しとしているつもりはないが、現実として、結果的に、刹那主義の自分を憂える。

走ることも、仕事も、地域活動も、未来を志向し、進歩主義で、行っているつもりなのではあるが... しかし、自分と、親兄弟の、未来のことは、余り考えていない... このあたり、きちんと考える必要がある、と思う。

ブログツールのおかげで考えさせられたが、結局は...

とりあえず明日のことと、週末(NAHA!)のことだけ想うことにしよう...
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「もう一度頑張りたい」ねえ...(ひとりごと)

小沢一郎という政治家を私は昔から嫌いだったので、この人に政権を担ってもらいたくないと思っていた。しかし、政権は交代してもらいたいとも。

この人はたぶん独断が好きで、自意識が強くて、すぐにキレる人だ。
けっこう私に似ているかもしれない。

職場で「退職勧奨」の通知が回覧されていた。
私は早期退職勧奨の対象年齢になっている。もう5年も前からだ。私の職種は決して人が余っているわけではないが、新規採用は何年も前から停止しており、ほとんど「消え行くのみ」。非常勤で補充している現状。
私はそんなに自分の職種にプライドなど持っていないから、どうでもいいのだが。
そんなことをツラツラ思うにつけ、とくに仕事に働きがいのなさを感じつつあることもあって、ちょっと上乗せされた退職金を手にしてオリる、というのも手かな、と考えてしまう...

希望者は年内に届けを出せということなので、ちょっと真剣に考えたくなってしまった。

しかし今後のことも考えて、拙速な結論は避けたい。
こういうことを相談できるパートナーも欲しいところだし...

なんだ小沢サンは慰留されて「続投」らしいぞ。「もう一度頑張りたい」とおっしゃったとか。

私が「やーめた」と言っても誰も「慰留」なんかしないと思うが。
まあしかし、進むも退くも、不安。
明日は明日の風が吹くと思うが、風向きや風力はわからなくて。私の「不安」なんてそんな程度のものなのだろうが。
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