つはものどもの...

小金井で5時間近くよたよたへろへろ走って、綱島でぐびぐびべろべろ飲んだ翌朝は、少しだけ寝坊して、朝9時半に自転車にまたがり、港北ニュータウンへ。

港北と言いながら都筑区(都筑区は港北区から分離してできたのだが)にある「横浜市歴史博物館」へ行った。
地域の映像ワークショップグループの見学ツアーだ。と言っても参加者は5人だけ。
このワークショップでは今、「篠原城」という戦国時代の城郭跡についての映像づくりに取り組んでいる。私は勤務とランニングで時間が合わず、全然「取り組んで」いないのだが、お手伝い、野次馬くらい程度でいい加減におつきあいさせてもらっている。
今回のような企画なら喜んで! 休みだったし、よたへろ5時間走、ぐびべろ飲みの翌日の「リハビリ」にちょうどよかった!

歴博まで、新横浜元石川線、歴博通りを通って8.4km。結構上り下りのある道だ。大腿の筋肉は使うが、膝はほとんど負担がかからないから、いい「リハビリ」だ。

歴博では、後北条氏支配下の武士団が城郭をあちこちに構えていた中世の展示を中心に観た。
ちょうど「歴史劇場」の上演が始まったので、皆で観た。実写とCGを使った「横浜」2万年の歴史絵巻。時間は15分。3面スクリーンの前に折々「時を司る」鶏が「案内役」として登場する。スクリーンが開いて、ジオラマを見せたりもする。とても凝っていて飽きない構成だったが、もう制作から数年経っているようで、上演後に横浜市の人口についての訂正があった。

今の横浜市の領域が定まってからまだ70年くらいだろうか。この歴博のあるところは以前は横浜市ではなく、都筑郡だった。古代、朝廷による地域支配が始まるまでは都筑郡でさえもなかった。
しかしこの地域は太古の昔から、少しずつ人口が増え、常に「ニュータウン」であったようだ。
歴博の近くにある「大塚・歳勝土遺跡」など、「ニュータウン」の元祖であるかもしれない。

さてわがワークショップの今の関心は、戦国時代の「城」だ。
この頃の城は戦のための砦、軍事拠点と言うよりは、地域の「センター」だったという説がある。
関東周辺は至るところに戦国時代の城址があるが、これらは村の民衆の拠り所であり、城主や武士たちと民衆とは持ちつ持たれつの関係だったようだ。
そんなイメージを、わがワークショップは映像化しようと企んでいるのだが。

「篠原城」跡はかろうじて雑木林で守られ、かつての城郭の姿をよくよく見ればとどめている。しかし近所の人はほとんどここが城址だということを知らないし、歴史の本にも出てこない。
一部の歴史学者や民間の郷土史研究家が研究対象にしているようだが、文献が少なくて、なかなか研究が進まないようだ。
わがワークショップは、港北区の古い地名や郷土史を研究しているグループとのつながりで映像づくりに取り組み始めたのだったが、なかなか手ごわい題材だ。

歴博の近く、市営地下鉄センター南駅のそばに「茅ケ崎城址」がある。つい最近公園として整備されたばかりなので、寄ってみた。
空堀、土塁、郭、土橋がわかりやすい形で保存されているが、歩道や案内板などきれい過ぎて、中世の城郭の趣に欠ける?

茅ケ崎城址(横浜市都筑区)
中郭の建物跡。発掘された礎石らしき石が置かれている。この風景は「つはものどもの夢の跡」の趣か。

城址のまわりはニュータウン。城ができた時もそうだったかもしれない。中世のニュータウン。
城址の丘の麓には土蔵のある旧家があり、「根小屋」(いわゆる「城下町」)集落だった頃からの家かもしれない。

ホトトギスの花@茅ケ崎城址

城址公園にはホトトギスの花がたくさん咲いていた。
つはものども、いや地を這って生きた人々の「夢」の跡が花開いているのかもしれない...
なんて思ったらオモシロイでしょ!?

センター南で解散、私は今度はニュータウン緑道を通って帰る。信号のない緑道は走っても自転車でも気分がいい。

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子供の頃、走るのが大の苦手、なぜ走らなきゃならないんだ!?と思っていたのに、今は、走らない人生なんて!!と思っている!!

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