ウルトラへの道☆トレーニング第3回 |
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2008-05-05 Mon 22:49
2日から4連休となり、3日から「プチ帰省」した。
4日はとくに実家でやることもなかったので、帰省先の都内北部某所から、JR王子駅近くの「飛鳥山公園」へ。 そこをスタートし、都電荒川線沿いに走り、「熊野前」から、先頃開通した「日暮里・舎人ライナー」(これ、結構言いにくい! RとLの発音訓練にはいい?)に沿って、尾久橋・扇大橋を渡り、「尾久橋通り(放射11号線)」を北上する。 とりあえず、「舎人公園」というところに行ってみようと思った。 私は東京の北部で25年近く暮らしたが、若い頃の行動範囲は、走っていなかったせいもあって偏っていた。足立区は友人がいた竹の塚や北千住くらいしか行ったことがない。 「日暮里・舎人ライナー」(長いので以下「舎人線」と略)の特集をTV東京の「アド街ック天国」でやっていて、舎人公園が紹介されていたので、行ってみる気になった。 私の若い頃の地図を見ると、ほとんど田んぼだったところだ。 まっすぐ北上する尾久橋通りの沿道は、いかにも郊外の街道沿いという感じだった。 舎人線は、いわゆる「新交通システム」で、お台場の「ゆりかもめ」や、八景島の「シーサイドライン」、那覇の「ゆいレール」と同じだ。NAHAマラソンの最初と最後を彷彿とさせないでもない。 途中舎人線に「西新井大師西駅」という、ヤヤコシイ駅名があった。 うちの近所に「北新横浜」という変な駅名があるが、それを彷彿とさせないでもないagain。 ニシアライダイシニシ駅の近くには「大師前」という駅があるのだから、「大師西」駅にすればよかったんじゃないの?と余計なことをフト思った。 舎人公園までは10km足らずだった。 公園は結構広大のようだ。大型黄金連休真っ只中で、人が多い。ガソリン代が再値上げで、ご近所でRe-createしようという人々が多いかな? かつての湿地帯の風景を残すような池や、シロツメクサが花盛りの原っぱ、キャンプ場もあった。 もともと真っ平らなところだったはずだが、盛り土をして、下に駐車場を造ったようで、周囲を見渡せる小高い丘もある。もしかしたら足立区の最高地点か? ともかく人が多すぎて、ここを走り回る気にはなれず、さらに舎人線の終点「見沼代親水公園」をめざす。 見沼代親水公園とは、江戸時代に利根川から足立、葛飾まで水を引いた用水路「見沼代用水(みぬまだいようすい)」に沿ってつくられた緑道のような公園だ。 舎人線の駅の向うは、埼玉県草加市になる。東京の「さいはて」だ。舎人線も、放射11号線もない頃は、本当に「さいはて」感があったのではないか? ここも、ご近所Re-creation組?が結構多かった。 見沼代用水沿いを上流に向けて走る。用水は途中で暗渠になり、単なる「緑道」になるが、ほどなく、都県境の「毛長川」に出る。用水はこの川をくぐっているようだ。十字にクロスしているのだが。 地図が掲示されていたので見ていたら、「舎人緑道はどちらですか?」と初老のご夫妻らしき人に聞かれる。ウォーキングをなさっているようだ。 地図を指差し、現在位置と「舎人緑道」のルートをお教えする。 現在位置のわかりにくい地図だったのだ。土地勘のない人や読図に慣れていない人には。 私も、この場所の「土地勘」はないが、地図を見ればなんとかわかる。 感謝されたのだが、それから私は埼玉県に入り、少し迷ってしまった! 事前に地図を見て、脳にインプットした「脳内地図」によれば、ここから川口市内に入り、西に針路をとり「新芝川」に向かって行くつもりだった。 脳内地図を狂わせたのは、「鳩ケ谷市」ゾーンに突入したことだった! え? 鳩ケ谷? 鳩ケ谷市というところは、私の脳内地図にはほとんど認識されていなかった。 少なくとも、川口市の北方、旧浦和市に近い方だという認識があったから、急に脳内地図の 画像が乱れてしまった! 鳩ケ谷市は川口市にほとんど包囲されており、一部足立区と接しているのだった。 携帯の「Run&Walk」を稼働させていたので、現在位置の地図を見ることはできたが、大縮尺なので、位置関係が把握しにくかった。結局、方向感覚が頼り。 鳩ケ谷市役所前に出て、道路沿いの標識を見て、やっと東京方面に行く国道122号線を確認、さらに新芝川を渡る橋にたどりつき、そこから土手に出た。ここまで来ればあとは坦々と荒川合流点に向けて走るだけである。 新芝川の土手道は舗装されておらず、足に優しい。 川面には、不法係留の舟がたくさん。警告の表示がやけに目についた。 22km余り走って、荒川合流点近くの公園で小休止。そこから、畑や田んぼのある「都市農業公園」を抜けて、荒川放水路へ。鹿浜橋を渡り、右岸の土手上を江北橋へ。 土手下は「東京荒川市民マラソン」のコース。このあたりは「シャーベット・ステーション」だ。 まだ実家で親のスネかじっていた頃、ここには時々走りに来たことがあった。 土手沿いには、休日も蒸気を吐いている巨大な鉄工場があったりする工場地帯だったが、今はことごとく高層住宅になり、緑も増えた。しかし、対岸の高速道路はなく、少し空が広かった。 江北橋あたりで、蛇行する隅田川が近づく。隅田川沿いはかつてはコンクリートの堤防だったが、今は堤防の上に遊歩道ができていた。 この近くの団地は化学工場跡で、最近、土壌汚染が発見されたらしい。 農業地帯も工業地帯も、ほとんど住宅地になって、果たして環境はよくなったのか悪くなったのか...? 別にそんなことを考えながら走っていたわけではないが、50年余りも生きていて、その半分を暮らしていた街の周辺を走り回っていると、いろいろ回想したり、時の流れや環境の変化について走り終わってから考えたりするわけだ。 飛鳥山公園に戻り、携帯の表示が30.0kmになったところでフィニッシュ。 3時間1分20秒。 ものの見事にキロあたり6分のペースだった! 明日は仕事だがその後飛び石休みになる。次はさらに距離&時間を伸ばす? |
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昔は隅田川の流域が工場地帯で、隅田川の水が汚くて、、そういえば「おばけ煙突」なんてのもありましたね。
RASCALさんは見たことありますか?
私の育ったあたりからでは見えませんでしたが、何度か見たことがあります。荒川区の南千住あたりもそうですが、北区と足立区の間あたりは本当に工場ばかりで、空気も悪かった。そんな工場地帯を抜けて荒川放水路に出ると、ものすごい開放感を覚えたものです。 高校生の頃、鍛えなきゃと思って(自分をいぢめるために?)、時々土手に走りに行きました。せいぜい5kmくらいだったと思います。今ほど市民マラソンは盛んでなかったし、レースに出ようとは思いもしませんでしたが。 思えば情けないほど体力もなく頭もよくないダメ高校生でしたね。ああ苦い青春の思い出...! だから本当は、都内北部某所には帰りたくないのです... それにしても、今は景色がすっかり垢抜けちまって、くすんだ町と水の色はどっかへ行っちゃって、いやんなっちゃうほど「いいところ」になってんだよな! チクショウメ! 私は実物は見たことがない(多分)のですが、学校(文京区です)では、もはや伝説になってました。
こち亀で、「おばけ煙突がなくなる日」っていうのを読んだのですが、時運が小学校の時になくなってたのですかね。 私の母親の実家は月島なのですが、あの辺りも町工場がたくさんありました。 隅田川流域はすっかりマンションだらけになりましたね。 そういえば、こち亀に、勝鬨橋を開かせる話もありました。 調べたら1964年に取り壊されたそうですね。
私も見たような記憶がおぼろげながらあったのですが、小学校低学年だと結構いい加減な記憶だったかも。まあ「私は見た!」ということにしておこうか? それにしてもRASCALさん、『こち亀』はホントにわれわれ世代向けの漫画ですね! 勝鬨橋の開くところは見たことないな。今でも橋を上げる設備は生きているようですね。 |
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