悠歩快走録☆3

悠々と歩み、快く走りたい

2007年12月のランニング記録

パンパカパーン! 今月のハイライト!(古いんだよ!)

●3回目出場のNAHAマラソンは暑さに負けた!
●2回目出場のチャレンジドクロカンで転倒、全治1週間の怪我!

まあなんという年の暮れか!

【2007年12月】
月間走行距離 100km 前年同月比 52.4%
(Jognoteでの記録は月間99.7km Jognoteと別につけている記録では距離の記録が若干違っている。ま、いいか!)
一日あたり走行距離 3.23km
実際に走った日一日あたり走行距離 16.67km(6日間)
今月の一日最長走破距離 42km(12月2日 NAHAマラソン)

【今月参加したランニングイベント】
NAHAマラソン(12月2日)
チャレンジドクロスカントリー in 彩の国宮沢湖(12月16日)転倒負傷のため途中棄権

【今月走った都道府県市区町村】
神奈川県横浜市港北区、横浜市鶴見区、横浜市金沢区、鎌倉市、逗子市、三浦郡葉山町、埼玉県飯能市、沖縄県那覇市、豊見城市、糸満市、島尻郡八重瀬町 以上3県11市区町

【今後の大会・イベント参加予定】
2008年1月27日 勝田マラソン・フル(初)
2月10日 守谷ハーフマラソン(初)
(以下、エントリー予定)
3月9日 立川昭島マラソン・ハーフ(初)

【2007年の年間記録】
2007年1月〜12月の走行距離 1952km
1ヵ月平均 162.7km
前年比 89.75%(2006年の年間走行距離 2175km)

来年、わが職場の長は「ますます忙しくなる」と部下の尻を叩いている。
走る時間もますますとりにくくなるかもしれないが、レースで快走できるよう、快適な、健康的な生活ができるよう、なんとか工夫して行きたい。

これが正真正銘の、2007年最後の記事となります。
お読みいただき、コメント、トラックバックいただいた皆様、この1年、ありがとうございました。また来年も宜しくお願い申し上げます。
それでは皆様、よいお年をお迎えください。
別窓 | 走ること | コメント:3 | トラックバック:0
∧top | under∨

練習再開、今年最後のジョグで今月やっと100km!

年末年始の休みに入り、額の傷も今日カサブタが取れて「完治」と言える状態になり(ただし、縫合しただけに、額をかいたりすると方向によって引き攣る感じ)、右足拇指の爪先の痛みも軽くなってきて、さらに雨もあがったので、走ってみることにした!

今月、これまでの走破距離は82km。一昨年5月から走行距離を記録し始めてから最低の記録だ。これまでの最低は今年8月の107km。今日走るからには、せめて18km走って100km台には乗せたい!(Jognoteでの記録だと100kmをほんのわずか下回ってしまうのだが、「そんなの関係ねえ!」)

というわけで、片道9kmの河川敷コースを、「馴らし運転」で走ってみることにした。

爪先の痛みは軽くはなったが、まだ残っていて、不自然な足の使い方をしていたせいか、拇指の筋が引き攣り気味。しかし、走るには何の支障もなかった。地面を蹴るのは拇指球だから、爪先への衝撃はほとんどない。

右胸の痛みも感じていたのだが、走っている間も、走った後も、全然痛みがなかったし、息苦しさも全然感じなかった。

いろいろ身体のことで気になることは多かったが、レースでの転倒から2週間で、身体の自己修復機能というものを実感している。走ることでそれをさらに体感してみようと思った。

鼻呼吸で走ることを心がけた。キロ6分程度のジョギング。
雨あがりで空気が適度に湿っていて、呼吸は楽だ。
肺の中の空気を入れ替えた感じで気持ちがよい。

途中でクラブ仲間のHさんとすれ違い、少しだけ立ち話。
先週土曜日にクラブの忘年練習会があり、私は仕事だったので、帰りに電話を入れて合流しようと思ったら、進行が早くて、解散の時間になってしまった。結局、一人二次会?をされていたよしおさんのお誘いで、ちょっとおつきあいをさせていただいたのだったが。
Hさんは30km近いLSDの途上だった。
1月は私も定例練習会に出られるので、「よいお年を! また次回!」と言って分かれた。

気持ちよく18kmを走り切ることができた。
「勝田」へ向けて、問題はなさそうである。
明日には実家に行くが、「帰省」中、一度は長い距離を走るつもりでいる。
別窓 | 走ること | コメント:0 | トラックバック:0
∧top | under∨

2007年レース回顧(その2)

今日は仕事納め。会議が立て続けにあり、なんだか無闇に忙しい一日だった。明日から年末年始休暇だという実感が、今日もまだ湧かない。
明後日か大晦日に、実家に行く予定だが、近年実家でもあまり正月気分でなくて...

さて! 今年後半の大会参加をふり返ってみる。

●7月
7月1日 8時間耐久レース in 所沢航空記念公園

 「ウルトラ」への第一歩? 7時間足らずで脚を痛めてリタイア。8時間、ゆっくりでも走り続ける、という感覚がつかめていなかったかもしれない。しかし一緒に参加したクラブの「クイーン」Iさんは、とても軽い感じで8時間20周を走り切った。私よりはるかに走歴の浅いIさんの力の抜け加減がうらやましい。いや彼女はじわじわと力をつけている。先日のつくばマラソンを走ったIさんの記録は、私のフル自己最高記録とほぼ並んだ。

●8月
8月26日 富士吉田火祭りロードレース

 初参加のハーフマラソン。「ロードレース」と言いながら、最初はクロスカントリーコースだし、ロードに入ってからもアップダウンが多かった。最後の5kmは上りっ放し。暑さでダレた身体にカツを入れるにはなかなかいい大会だと思った。谷川真理さんと痛いハイタッチをした! 湘南国際では高橋尚子さんとハイタッチしたし、今年は有名女性ランナーとハイタッチで元気をもらっている♪

●9月
大会参加なし。
オープンの大会ではないが、9月9日、「箱根路を走る会」に2度目の参加。雲助さん、サポートありがとう!

●10月
10月7日 高尾山天狗トレイル

 トレイルランには「一家言」あり、参加を控えているが、「天狗」の怒りに連なるという思いもあって(くわしくは当日の記事参照)初めて参加した。「一家言」あるものの、基本的に私は山道を走るのは好きだ。願わくは、水と自然林が保たれた「豊か」な森がいつまでも残ることを!

●11月
11月18日 多摩川ハーフマラソン in 川崎

 練習量が減っているなかで、自己記録を伸ばすことはかなり無理があるが、河川敷の平坦路でのハーフは、できるだけの力で走ろうという気でいた。結果的に、1時間40分を切る記録で、現状では納得の行く記録ではあった。

 いわゆる「レース」ではないが、トライアスリートの肝移植資金を募るチャリティイベントにも参加した。(11月4日 平山経政さんの命をつなぐチャリティフルマラソン

●12月
12月2日 NAHAマラソン

 3回目の参加。クラブの恒例行事であり、私にとってはフルマラソン初体験の大会。記録より記憶の大会だ、と割り切っているが、昨年は4時間を切った。今年は気温が上がり、後半かなり暑さがこたえて、4時間10分ほどの記録。もっともこの大会、5〜6時間で完走する人が圧倒的に多い。沿道の人たちも「参加」する「お祭り」だから。もちろん、3〜4時間で走る人も十分に沿道の応援の人たちとの「交歓」を楽しめる。だから、「記録より記憶」なのだ。那覇、沖縄は見ていないところがまだまだあるので、マラソンついでにあちこち見て歩く楽しみもあり、12月のNAHA通いは今後も続きそうだ。

12月16日 チャレンジドクロスカントリー in 彩の国宮沢湖

 この日から間もなく2週間になるが、転倒の一部始終から、抜糸、そして自費治療の精算に至るまで、鮮烈な記憶が残っている! 少し大げさだが!
 この大会のキーワードは「チャレンジド」charangedだ。アメリカなどで、障がいのある人のことをそう呼ぶ。この大会にも、知的障がいのある若者や、視覚障がいのある人などが多く参加している。私の所属するクラブにも知的障がいのある高校生が複数参加しているが、いずれ一緒にこういう大会に参加できたらうれしい。もちろん、わざわざ「チャレンジド」などと謳わなくても、普通の大会に一緒に出られたらもっとうれしい。
 もちろん来年もこの大会に出たい。「リベンジ」ですから!
 主催者の皆様に本当にお世話になりました。心から感謝いたします。


怪我してもしなくても、各大会の主催者、運営スタッフの皆様にはお世話になりました。
そして、クラブのメンバーや、ブログつながりの走友の皆様、今年一年、おつきあいありがとうございました。

さて、怪我も治って、爪先や胸の痛みもかなり軽くなってきたので、年末年始休みは「復活」に向けて徐々に脚を動かそうと思う。そして目標は「勝田」。
別窓 | 走ること | コメント:0 | トラックバック:0
∧top | under∨

2007年レース回顧(その1)

明日が今年の仕事納め。
なんだか公私共にばたばたして、実感が湧かないのだが、年末というのはそういうものかな。
それにしても、今年は転勤という身辺の変化があり、土日祝日勤務が増えて、走る環境もかなり変わってしまった。
土日の休みが半減したので、大会参加の機会も半減。
とはいえ、ランニング大会は日本のどこかで毎週のように行われているのだから、そう思えば嘆くこともなかろう。

さて、今年の参加レースをざっとふり返ってみよう(大会参加記を書いた日のブログにリンクしています)。

●1月
1月14日 港北駅伝
1月21日 千葉マリンマラソン

 「クラブ選抜チーム」で出た港北駅伝、結構がんばった。がんばれた。駅伝の魔力だな。
 来年の港北駅伝にはわがクラブは出ないことになった。その代わり「横浜駅伝」に出る予定。
 千葉マリンは前代未聞のコース誤誘導で距離不正。来年は仕事で出られないが、悪評で参加者減らないか?

●2月
2月4日 青梅マラソン

 たしか17回目の参加となった青梅マラソンは、大会自己記録を達成。やっと2時間半を切ることができた。東京マラソンのおかげで日程が変わった。再来年は東京マラソンの日程がまた変わるようで、青梅は元に戻るのか? 日程は変わっても「青梅」は不滅、だと思う。私にとっては大好きな、大事な大会だが、来年は仕事で出られない...

●3月
3月18日 湘南国際マラソン

 第1回大会、快晴、見事な富士と海の景色、Qちゃんとのハイタッチ♪ そして自己新記録...と結構ずくめだった!
 第2回は仕事の日とぶつかってしまったが、「地元」の大会だからと、同僚に交代してもらう約束をしていた。ところが、台風9号による西湘バイパスの崩落でコース確保ができなくなり、結局30キロレースになり、スタート・ゴールも江ノ島から大磯に変更。そんなことなら「やーめた!」...というようなことをある日ブログに書いたら、なんと実行委員長名で「そんなこと言わずに出てくださいよ」というコメントをいただいてしまった! でも、出ません。ごめんなさい!

●4月
4月30日 横浜駅伝

 この大会に私は青梅マラソンに次ぐほど参加している。最初は職場チームで出て、何年か続き、その後は「関東マラニックの会」のチームで参加。会場、コースは地元クラブの練習コースと重なっていて、クラブでもこの大会に出ようという話になっている。たぶん、日本一にぎやかな市民駅伝だ。思えば青梅も、NAHAも、横浜駅伝も、みな「お祭りレース」。

●5月 大会参加なし

●6月
6月3日 富士見高原八ケ岳クロスカントリー

 初めて参加する大会。10kmの部に出たが、クロカンというより半ば登山レース。3kmと5kmが山麓の起伏走で、こちらの方がクロカンらしい。参加者数は270人余りと少ないが、ファミリーでの参加が多く、また遠方からの参加者もあった。もともと30年の歴史をもつ「勤労青少年10マイルロードレース」を継承する大会、とのことだった。こういう大会も楽しい。
別窓 | 走ること | コメント:0 | トラックバック:0
∧top | under∨

怪我の「精算」をした一日

本日は連休の関係でずれた「定休日」。
「全治一週間」の額の傷もほぼ癒えたはず。

午前中、地元の医院で「抜糸」してもらった。
ここの先生は結構ベテランで、この地でずいぶん長く開業されている。私は初めてかかったのだが。診察の順番を待っていたら、キャベツを持っておばあちゃんが来て、受付の人に「これ、今朝畑からとってきたから」と渡していた。
そんな、横浜郊外の「村」のお医者様だ。

先生は「これ(ステープラーを抜くこと)は痛いよ」とおっしゃっていたが、それほどではなかった。ステープラーを使うことは余りないのだとのことだが、結構普通に使われているとも聞いたことがある。先生は「糸じゃないんだけど〈抜糸〉って言うのかねえ」ともおっしゃる。医療用語としては「抜糸」なのだろう。

ついでに右足拇指の痛みについて相談してみたら、腫れなかったら大丈夫、安静にしていれば治るようなものだが、どうしても使うところだから、治りが遅い、という説明。
一応レントゲン撮ってみようかということで、余計な放射線を爪先に浴びた。安心のためだが。
結局骨には異常はないとのことで、インドメタシンのゲルを出してもらった。
足を診てもらった時に、爪の水虫を指摘された。皮膚科行って薬もらって治した方がいいよ、と言われた。薬のめば確実に治るから、とも。まあ足の機能には影響するものではないが、機会みて皮膚科に行ってみようか。

右胸も鈍い痛みが続いていたが、今日はほとんど感じないくらいで、これについては言わなかった。たぶん大丈夫だろう。少し様子をみたい。

ジョギング再開は右足拇指の痛みが癒えてから。年明けかな?

さて飯能の病院で手当てしてもらった時に保険証がなかったため、自費治療になってしまい、今日、保険証を持参して精算してもらうことになった。
飯能までは1時間40分ほどかかる。
駅から5分ほどのところにある病院に行き、10分ほど待たされて、6000円余り返金してもらった。

このまま真っ直ぐ帰るのもつまらないので、近くの入間川(名栗川)の河原を見に行った。ここは小学生の時に遠足に来たところだ。
キャンプ場があったはずだが、今や観光客向けの施設は何もないようだった。川の流れも河原も昔のままのような感じだが。
反対側の丘の上にはニュータウンができ、新しい大きな橋がかかっている。
40年も経てば、変わるはずだよね。
昔渡った覚えのある古い小さな橋から、ケータイで河原の写真を撮った。
40年ぶりの飯能河原

「抜糸」「精算」までの1週間と、40年ぶりの風景との再会と...
まあ、そんなことを書きながら想ったわけだ。大した意味はないが。
別窓 | 日々のこと | コメント:0 | トラックバック:0
∧top | under∨

走れなくなった1年の終わりに...

クロカンでの転倒から1週間。もう「抜糸」してもいいはずだが、土曜日が勤務日になり、しかも交代要員がいなかったから、通院できなかった。結局、休みになる25日に「抜糸」。

額の負傷は、頭にも影響が出かねず、少なくとも「抜糸」まではおとなしくしていることにした。つまり、走るのはしばらくお休み。
額の負傷だけでなく、つまづいた時、右足の拇指の先を痛めた。腫れなかったので、爪への衝撃によるものと思われる。さらに、右の胸に鈍い痛みを感じる。右の上腕部も痛んだ。

右足拇指の痛みはかなり緩和したが、まだ少し残っている。腕の痛みは消えた。
右胸は筋肉痛ではない感じだ。肺が衝撃を受けて自然気胸にでもなってしまったかもしれない。若い頃になったことがあって、体感的に記憶がある。結構激しい痛みや息苦しさがあった。今の状態はそれほどではないが、いずれ検査してもらおうと思う。
そういうわけなので、「抜糸」以後も走るのは自重したい。

そんなこんなで、今月、今年のランニングはもうおしまいだ。記録取り始めて以来最低の月間ランニング記録になる。フルマラソンを走っているのに!

今年をふり返れば、4月に転勤し、土日・祝日勤務のある部署に配属されて、しかも通勤時間が長くなって、ランニングの時間が確保しにくくなった。クラブの練習会にも参加しにくくなり、レース参加の機会も従来の半分に減った(隔週土日勤務なので)。そういう環境のなかで、帰宅(銭湯寄り道)ランを始め、少しでも走る距離を伸ばす工夫をしたつもりだった。
こんなことは反省しても仕方ない。宮仕えの都合ですから。

そんな数少ない機会のレースでアクシデント!
こういうこともあり得るのだ。
まあ、重傷でなかっただけ、よかった。
走れなくても、いいじゃないか。
生きててよかった、人間やっててよかった... というのは、拙ブログの標榜するところでもあるのだから!

おっ! 「M1グランプリ」、敗者復活のコンビがチャンピオンだ!
どうでもいいけど、いい話だねえ!
私も来年は「敗者復活」といきたいところだが。今シーズンの「勝負レース」に位置づけた「勝田マラソン」まであと5週間。大丈夫か!?
別窓 | 走ること | コメント:3 | トラックバック:0
∧top | under∨

額の絆創膏といえば...

変則連休で4日ぶりに職場へ行ったら、すぐに額の絆創膏をみて「どーしたの?」と言われるかと思ったら、案外そうでもなくて、同じ部屋で仕事している女性などは、1時間ほどしてやっと気づいたほど。
月曜日に薄茶色の絆創膏に取り換えたから、余り目立たないかもしれない。
彼女は、「辞めた大臣みたい!」と言って笑った。
そういえば、そんな人がいた! 急に思い出した。影薄くなったね、アカギさん。
私も笑って言いましたよ。「いや、別に、大したことではありません」!

そのあとで会った上司はいきなり「おや、どうしたんだい?」と。さすがに鋭い。
それに答えて私、「大したことありません。辞めた大臣みたいなものです!」とごまかした。
クロカン大会に出て、転んで怪我した、なんて、額が割れても、いや、口が裂けても、言えません!
あの辞めた大臣も、人に言えない事情があったのではないか?
別窓 | 日々のこと | コメント:2 | トラックバック:0
∧top | under∨

治癒への途

昨日は定休日で、今日は23日出勤の代休。
怪我のあとで休みがとれてよかったと思う。
しかし走れない休日は(基本的に)つまらない。
まあ、無償の頼まれ仕事を片づけなければならなかったので、全くのヒマではなかったが。在宅でできる、パソコンの仕事なので、身体には障らない。

実は16日の転倒の際、石に当たった右足拇指の爪先がけっこう痛んだ。拇指で蹴ることができないから、歩くのがやや不自由になった。
右半身が地面に着いたので、右胸や右腕も軽い打撲。我慢できないほどではないが、少々痛む。
左手のひらの一部もすりむいていて、ぴりぴりと痛む。

爪先に、2年くらい前に腰痛になった時に医者からもらった湿布を小さく切って巻いている。
これが少しずつ効果をあらわしてきたようで、今日はかなり歩きやすくなった。

郵便局に用事があり、また頼まれ仕事の成果物を届ける用もあったので、自転車と徒歩で外出。

額のパッチはまだ取れないが、歩くのはだいぶ楽になって、明日から「社会復帰」?
遊びで怪我して額にパッチあてて出勤するのは恥ずかしい... 窓口でお客様に見せられる姿ではないか...
まあ、通勤時に事故に遭うこともあるしねえ(昔、通勤途上で骨折し、労災適用になったことがある)。

レースの主催者は「マラソン保険」に加入していて、補償していただけることになった。今日、保険会社から連絡をいただいた。主催者に経過報告と謝礼のメールをお送りし、すぐに「お見舞い申し上げます」との返信をいただいた。
「今回のアクシデントに懲りずに、またご参加いただければ、とても嬉しいです」
とあった。
またぜひ参加したいと思う。障がいのある若いアスリートたちの参加が多かったり、もちつきがあったり、小規模で暖かい感じのする大会だから。
別窓 | からだのこと | コメント:0 | トラックバック:0
∧top | under∨

雲助さん、愛弟子さんと「さくら家」さんで逢う

この夏の「火祭りロードレース」と、9月の「箱根路を走る会」がきっかけで、ブログ上で知り合いになった「雲助」さんと、その「愛弟子」さん、そして、「さくら家の店主」さんと、相模大野の居酒屋「さくら家」でお逢いすることができた。

二人の出られたホノルルマラソンの話や、私のNAHAマラソンの話、トレイルや登山の話など、さらに、店主さんを含めた4人、来年1月の勝田マラソンであいまみえることになって、大いに盛り上がった。

私の怪我は、今日、地元の外科医に診てもらい、消毒と絆創膏の取り換えをした。
「大した傷ではない」「もらった薬(抗生物質)のんでれば大丈夫」とのことだったが、頭だから、今後何か異常があったら脳外科にかかるように、と言われた。

「抜糸」までは、走るのも飲むのもやめておこうと思ったが、今日はちょっぴり飲んでしまった。
明日は23日出勤の代休になるので、静養するつもり。
別窓 | 日々のこと | コメント:2 | トラックバック:0
∧top | under∨

今年最後のレース、今年最後の?アクシデント!

昨年に続き2回目の参加となる「チャレンジド・クロスカントリー in 彩の国宮沢湖」。
招待選手にはアテネ・パラリンピックの男子マラソン金メダリストである高橋勇市さんや、知的障がいのある中学生の短距離記録保持者ら。
高橋さんはちょっと目立つ恰好して、パートナーの伴走で5kmをファンランされた。
スポーツエイドジャパンの大会の常連、落語家の三遊亭楽松師匠もエントリーされていたが、「忠臣蔵ー絆ーラン」百六十里(約630km)を走り終えたばかりで、DNS。
チャレンジドクロカン07

湖畔を走る2.5km、5kmの部が10時にスタート。小中学生、高校生の参加が多かった。

10kmの部は10時半にスタート。こちらのコースはアップダウンのある丘陵を2周する。高低差は少ないが、タフなコースだ。

1周目は抑え気味に入る。最初から飛ばす人も多いが。
上り下りを何度かしているうちに、身体が温まり、息は激しくなるが、リズムをつかめるようになってくる。
この調子で1周30分を切れれば...

上りは着実に足を運ぶ。下りは着地した足をすぐに離すようにしてリズムに乗る。
いい調子になってきた。

コースは少し平坦になり、気持ちよく走れる。

しかし...
好事魔多しというか...

突然、地面が近づいたかと思うと、手より前に頭が地面に! 眼鏡が消えた!

傷の痛みはほとんど感じなかったが、額に手を当てたら血がベットリ!!

右足の親指の先に少し痛みを感じたので、石に激しくつまづいたらしい。

男性ランナーが思わず足を止めて、介抱してくれた。
手袋と、頭に巻いていた手ぬぐいで止血処置。落ちた眼鏡も拾ってくれた。
係に連絡してもらうことにして、助けてくれた人には先に行ってもらった。

痛みも、めまいもしなかったが、走らず歩いてゴールに向かうことにした。
途中でザックを背負ったランナー(主催者の関係者らしい)が携帯で大会本部に連絡をとってくれた。しばらく一緒に、話をしながら歩く。

少しして、救急セットをもった大会役員が来てくれて、簡単に応急処置をしてくれた。
しかし、傷が深かったようで、ゴールまで行ってから救急病院を教えてもらうことに。

会場には、地元消防団の団員や救急救命士の女性もいらっしゃった。状態を診ていただき、これは縫わないといけませんね、と言われる。
病院に連絡をとってもらい、役員に車で送ってもらった。

飯能駅の近くの病院へ。
さてここでちょっと困った! 健康保険証を持ってこなかったのだ。
ランニング大会に保険証を持って行くことは、あまりなかった。
那覇には持参したが、近場だと油断してしまうか。
おかげで自費治療。幸い、大1枚を持ち合わせていた。おつりは来たが、所持金不足だったらATMに駆け込まなくてはならなかった。
後日保険証を持参し、精算してもらうことに。平日休みの日にまた往復4時間かけて行かなければならない。

ちょうど当番医が外科医だった。さほど待たずに治療してもらえて、不幸中の幸いである。
額の傷

額の傷口はステープラーで留められた。ホッチキスだ。糸によらない縫合は初めての経験!
1週間後に外す。糸でなくても「抜糸」と言うようだ。
消毒と「抜糸」に、ウチの近所の外科に行くことに。
精算で行く日を先に決めたが、ついでに「抜糸」してもらおうと思ったら、この日は手術が入っていてできない、と言われた。

今年最後のレース、爆走と行きたかったが、とんでもない「誤爆」だったか!!

車で病院まで送ってくれたIさんは「これに懲りずにまた出てくださいね」と言って会場に戻られた。また来年、絶対出ますから!
スポーツエイドジャパンの皆さん、消防団、救命士の方、そして、最初に応急手当をしてくれた参加者の方、途中で声をかけてくれた方々、ご心配いただきありがとうございました。
別窓 | 走ること | コメント:7 | トラックバック:0
∧top | under∨

肝試し&ボッカ訓練帰宅ラン??

職場あたりは日没前にひとしきり激しい雨が降った。「雨? 雨! 雨ぇ!!」という声が聴こえてきたので思わず外を見ると、夕日に染まる山から湧いたような雲が上空を覆い、あられ混じりの叩きつけるような雨。海の方を見に行くと、まばゆいばかりの夕日。
東の空には虹の橋がかかった。

それから1時間余り後に、帰宅寄り道ランに出発した。雨はあがったが、少し湿り気を帯びた冷気が気持ちよく感じられた。

前回の帰宅ランは「Bコース」だったので、今回は「Aコース」にした。
日没が早くなると、Aコースの中間あたりにある真っ暗な峠越えは怖いし、このコースは狭い上に交通量の多い道路をかなり通るので、「暗い・狭い・怖い」の3拍子揃った?難コースとなる。
ならばBにすべきであったと思うのだが、何しろ成り行き上のことで。

さらに今日は、無灯火自転車とかなりの数すれちがい、ぶつかりそうになったこともあった。
「無灯火は危ないよ!」「ライト点けてくださいよ!」と言ったことも何度か。
「暗い・狭い・怖い」道でのランニングはストレスためる! ある意味「肝試し」!?

風呂入ってそんなストレスは溶かしてしまったが、次からはしばらくBコースにしよう。こちらはもう少し違うルートも開拓できるはずだ。いずれにしてもゴールは同じ銭湯だが。

冬場の帰宅ランには「荷物問題」もある。
通勤時の服装を「どげんかせんといかん」。
少なくとも、スーツにコートは無理だ。まあウチの職場にはそういう「ドレスコード」はないに等しいので、ザックにたたんでしまえるようなジャケットで十分だ。それもなるべく薄手で、しかも防寒性のあるもの。
とはいえ、厚着にはなり、背中の荷物は嵩張り、重くなる。
山の装備と同じで、限られた条件でできる限りの軽量化・減容化をはかるが、夏より荷物が重くなるのは仕方ない。
まあ、上半身を鍛えるいいトレーニングにはなる。「ボッカ訓練」だ!

さて明後日は、今年最後のレース「チャレンジド・クロスカントリー」。凸凹の土の道を思いきり爆走してみようか!?
別窓 | 走ること | コメント:2 | トラックバック:0
∧top | under∨

中6日でやっと走る

那覇旅行記を続けようと思っていたが、今日は「あちら」に美術館レポートをアップ。那覇の街歩きのレポートも「あちら」に書こうかと思うので、こちらではもうおしまいにすることにした。

さて! 次なるターゲットは「勝田」である!
プライベートベストは目ざしたい。最近の練習量からすれば、それは厳しいのだけれど。

直近のレースは、今年最後のチャレンジとなる「チャレンジド・クロスカントリー in 彩の国宮沢湖」だ。丘陵地の10kmのクロカン。

NAHAマラソンの翌日を含めて土曜日までまる6日走れなかった。
中6日はいけません。
仕方ないんですけど... 言い訳するな!

昨日は「帰宅寄り道ラン」。
大船までのBコース。
案外暖かくて、手袋もいらなかった。結構汗かいた。
これから寒中の帰宅ランは厳しいだろう。通勤時の服装がモンダイなのだ。

銭湯出てから食事に行った店で、昔の上司、先輩と遭遇!
お二人とも結構飲んでいたが、私は生中一杯だけでおつきあい。
仕事がらみの話はこういう時にしたくないものだが、久々の再会でうれしくもあった。
おかげで帰りが11時過ぎになった。

今日は9時近くにやっと起きて、洗濯など身辺雑事をしてから、地域活動の集まりに。

夕方やっと時間ができて走りに出たが、もはや日没後。

次の日曜日に、今年最後のレース「チャレンジド・クロスカントリー in 彩の国・宮沢湖」を控え、少しスピードを上げた練習ラン。10kmだが、丘陵地のダートコースを走る結構ハードなレースだ。5kmクラスは湖畔コースで起伏があまりなく、視覚障がいや知的障がいの人たちの参加が多い。

チャレンジドというのは、障がいをもつ人々を含めた、日々生きることに挑戦する人々のこと。
私の所属するクラブはまさにそういう人々の集まりだし、私自身もある意味チャレンジドだ。

チャレンジすべき課題は、走ること以外にずいぶんありそうなんだが。

●今月の走行距離 今日までに64.7km
別窓 | 走ること | コメント:0 | トラックバック:0
∧top | under∨

NAHA・マラソン以外・総集編

今年もNAHAから1週間経ってしまった。ああ年の暮れだ・・・という感じ!
職場での土産話も尽きてきて、だらだらとブログで回顧している場合ではない。日常に復帰しなくては!
そういえばまもなくホノルルマラソンのスタートのようだ。「箱根路を走る会」で知り合いになった雲助さんが間もなく出走。
ホノルルの余韻はナカナカ醒めないだろうなあ。
那覇もナハナハ、いやナカナカのものだと思うが!

というわけで、ナカナカの余韻をそろそろ締めにしたい。
写真はサムネイルにした。写真をクリックすると大きめの写真が別ウインドウで見られるはずです!

沖縄県立博物館・美術館

沖縄県立博物館・美術館。11月1日に開館したばかり。
ここの内容については「あちら」に近々書く予定。
それはともかく、ここでレンタカーで観光に出かけた3人と合流したが、合流するまでレンタカーのカーナビに美術館の情報が入っていなくて、右往左往したようだ。おかげで展示を見ている間に2、3回携帯電話がブルブル鳴って(もちろんマナーモードにしていました!)、開館記念特別展を最後まで見られず... まあ仕方ないです。

ホテルに荷物を置いて、美術館まで歩いた。徒歩10分余り。
バスやタクシー、レンタカーでは見えないものが歩くと見える。

那覇の犬

那覇の犬。道路の真ん中で、人が来ようが車が来ようが、ぼーっとしていた。

那覇の猫

那覇の猫。

那覇のガジュマル

那覇の木。
キジムナーはこういうガジュマルに棲んでいるらしい。

那覇で食べたもの。
マラソン前日の昼はソーキそばとジューシー(沖縄風炊込みご飯)。
晩はレンタカー観光3人組とともに、「栄町市場」近くの寿司割烹の店で刺し身中心に。

那覇に来るのも2回、3回の面々なので、観光客相手の店には目もくれなくなっている。
「栄町市場」は「牧志公設市場」がほぼ観光客相手になっているのに比べて、地元の日常の買い物の市場だ。にぎわうのは朝昼で、夜はひっそりとしている。
その代わり、まわりは妖しい灯のともる、ちょっと私らには近寄りがたい街。
そんな街の寿司屋はあまり商売っ気がないのか、途中で生ビールがサーバーから尽きたりして急遽配達してもらったりしていたが、十分に魚もオリオン生ビールも堪能。

マラソン当日の夜は、毎回恒例の、地元客向け家庭料理の店で、創作料理や、泥のような強烈な泡盛を味わったり、横浜から移住して沖縄で起業した人のマニアックな沖縄話を聴いたりして、ディープに味わう。

その起業家の彼から、地元のスーパーで売っている沖縄限定品が買い!という話を聴いて、翌日は午前中、彼お薦めの24時間営業スーパーまで出かけた。
土産物にできる菓子や果物なども、土産物店や観光客相手の市場で買うよりずっと割安だったので、職場向け土産物をここで買い込んだ。

那覇のお作り

ツアー最後の昼は、牧志公設市場2階の食堂でとれとれの魚をこれまた堪能!

公設市場のちょっと外れで、地元ならではの食材を買う。

沖縄の島にんじん

島にんじん。

沖縄の田芋

田芋。紫いもではない。ちなみに紫いもは移出禁止だそうだ。防疫上の措置らしい。

那覇の余韻を味わう

帰ってから、島にんじんと田芋、それにほうれんそうやシメジをオリーブオイルで炒めてみた。
去年那覇で買った「ムーの塩」(ウコン入り発酵塩)で味付け。

これはとても旨い。
田芋というのは初めて食べたが、油と相性が良いようだ。ちなみに、買った時すでに下ゆでされていた。
田芋を買ったお店のおばさんはNAHAマラソンの受付ボランティアをしていて、息子さんは来年はNAHAマラソンに出ると言っていた。
別窓 | 歩くこと | コメント:0 | トラックバック:0
∧top | under∨

NAHAマラソン・レース回顧:写真入り!

過去2回のNAHAでは、デジカメを持って走ったが、今回はケータイで撮影した。
ケータイ持参のレースというのも実は初めてだ。
撮影するには軽くて便利だし、万が一の緊急連絡にも使える。何事もなかったのは幸いだが。

nahaスタート

スタート。(一応)ナンバー順である。ここは橋の上。前方右側、モノレール(ゆいレール)の線路下に「万国津梁之鐘」があり、これを突いてスタートの合図とする。ピストルではない。「平和祈念コース」を走るレースだから。あの鐘を突くのは...NHKテレビ小説のヒロインになったという女優の比嘉愛未さんと翁長那覇市長。比嘉さんというのは知らなかったが、可愛い人だった。写真は撮れなかったけど。

NAHAマラソン国際通りを行く

国際通りを行く。
私はクラブのメンバー、「クイーン」ことIさんとナンバーが近かったので一緒にスタートした。Iさんは走らないご両親と旦那さんとツアーに参加された。その3人が国際通りの終わりあたりで応援してくださっているとのことだったので、そこまでともに走る。
見つけた見つけた!
もう一人、とても残念ながら体調不良で出走を断念したHさんも一緒にいて、ハイタッチをした。

NAHAマラソン2007中間点

中間点過ぎ。
ここは平和祈念公園内で、応援の方たちも多い。頭上にはテレビカメラも。
地元の「琉球放送(RBC)」がテレビ中継をしていたようだ。

NAHAマラソン2007中間過ぎ

コースから海の見えるところは余りないが、このあたりが一番海の見えるところ。
コース後半、まだ快調だった。
このあと30km地点、糸満の街なかあたりから失速.......
まあともかく暑い.......

(中略...!)

もう30km過ぎは撮影する気にもなれず、足を運ぶのに精一杯だった。

ゴールしてからすぐにタイム入り完走証を受け取ることができ、そのあと、琉球ガラス製の完走メダルを若い女性から首にかけてもらえる。
ゴール後の流れが、この大会はとても洗練されている。

クラブのメンバーのなかに、3回連続ツアー参加ながら、未だに完走したことのなかった20代の若者がいた。
彼、Tくんは、今回初めて制限時間内完走を果たした。
みんな心配したが、よかったよかった!!

制限時間は6時間15分。
その時間になると、ゴールの奥武山(おうのやま)陸上競技場のゲートが閉鎖される。

NAHAマラソン2007ゲート閉鎖前


NAHAマラソン2007ゲート閉鎖の瞬間

閉鎖前に殺到するランナーたちのせめぎあいを応援しに行った。
スタッフが秒読み開始。応援の人たちも一緒に。
5・4・3・2・1!
ゲートが閉められ、ゲート前にオレンジのユニフォームを着たスタッフたちが手をつないで「人間バリケード」をつくる。

応援の人たちは「あ〜」「うわぁ〜」と嘆声とも歓声ともつかぬ声を一斉に漏らす。

ドラマだなあ!
その割に、ランナーたちは淡々と誘導される。そりゃそうだ。6時間以上も暑いなか走っていれば、流れにお任せだ。
収容バスに乗せられなかっただけよかった、というようなものだ。
今大会の完走率は64.36%。

わがクラブのNAHAマラソンツアーは4回目で、出走者全員(7人)完走は初めてだった。
気温の高い悪条件だったが、やはり経験はモノを言う。
別窓 | 走ること | コメント:3 | トラックバック:0
∧top | under∨

NAHAマラソンの独特

そんなにマラソン大会の経験はないが、NAHAマラソンには関東近辺で行われる大会とは違う独特の雰囲気がある。
NAHAマラソンの応援風景

何と言っても、沿道の応援。大演芸大会の様相で、まったりと三線弾いている人いれば、ブラスバンドやロックバンド、そして何と言っても太鼓たたきながらのエイサー。

写真はないが、子どもたちとのタッチは本当に元気をもらえる。手と手を合わせるだけで、うれしそうにしてくれるのが、何よりの元気の素!

NAHAマラソン会場の屋台

会場の屋台も独特。暖かい灯が風情を演出している。
沖縄の朝は明けるのが遅い。7時半過ぎでこの明るさだ。開店準備をしている屋台の灯がいい。
屋台でオリオンビール飲みながらソーキそばなんぞを食うのが、アフターの楽しみ。
ちなみに屋台の後ろの木はこれぞ沖縄独特の「リュウキュウマツ(琉球松)」。

NAHAマラソンの仮設トイレ

おまけに会場の仮設トイレも独特だ!
男子の小用だが! こんなのほかでは見たことがない!

今日はここまで、ね! また明日か明後日。
別窓 | 走ること | コメント:2 | トラックバック:0
∧top | under∨

NAHAは暑かった!

NAHAマラソン2007会場入口

3回目のNAHAマラソンツアーから今夜帰ってきた。

まずは記録から。
公式タイム(グロス):4時間11分57秒 1969位
参考タイム(ネット):4時間09分40秒
NAHAマラソン2007完走の証し

ちなみに昨年のネットタイムは、3時間52分15秒。17分25秒余計にかかった。

理由は、単純ではないと思うが、まず、暑かったこと。
那覇の12月2日の最高気温は23.3℃だったが、陽射しが強く、日なたの体感温度は25℃以上はあっただろう。
湿度は低かったが、暑さは身に応えた感じがする。

5kmごとのラップ(35km以降は7.195km)
30'38" - 26'13" - 26'23" - 26'39" - 26'29" - 28'17" - 34'40" - 50'31"
最初の5kmは、2kmまでが超スローペースで進行したが、以後25kmまでは上り坂の連続ながらイーブンペース。このタイムなら後半の平坦路で飛ばせそうなものだが、15km地点くらいから身体のキレがないように感じた。なんだか後半失速しそうだな...といういやな予感。

前半のスポンジステーションから必ずスポンジをとり、顔や首筋を濡らした。
ところどころに私設のシャワーがあって、必ず浴びた。
水、みかん、塩、黒糖をずいぶんいただいた。
朝食も和食をしっかりと食べ、走る前にはザバスでチャージもした。
...言い訳しない言い訳しない!

まあ、調整不足、練習不足、ですかね。練習量は嘘をつかない。
それにしても、気温が高過ぎたかも。那覇といえども。昨年は18℃くらいで最後の10kmでは北風がちょっと寒さを感じさせた。むしろそのくらいの方が走るには絶好で、昨年は「病み上がり」にもかかわらず快調だった。

今大会はNAHAマラソン史上最高の23448人が出走したそうだ。
そのうち制限時間6時間15分以内の完走者は15090人で、完走率の低さも過去最低だったらしい。
東京マラソンも同じようなものかもしれないが、この大会は「記録よりも記憶」の大会だと思う。

「記憶」の方だが、走りながらの写真は昨年より少ないながら一応撮ったので、それを含めての写真入り那覇旅行記を明日以降に掲載します。
別窓 | 走ること | コメント:3 | トラックバック:0
∧top | under∨
| 悠歩快走録☆3 |