悠歩快走録☆3

悠々と歩み、快く走りたい

2007年7月のランニング記録

2007年後半に入り1ヵ月、未だ梅雨明けせず。

【2007年7月】
月間走行距離 195km 前年同月比 79.9%
一日あたり走行距離 6.29km
実際に走った日一日あたり走行距離 17.7km(11日間)
今月の一日最長走破距離 55km(7月1日 8時間耐久レースin所沢航空公園)

帰宅寄り道ランは1回だけ。
半ばには「絶不調」だった。
初めての「8耐」は足を痛め(1日で恢復したが)「7耐」に終わった。
少し早めに「夏休み」をとり、信州千曲川沿いをだらだらと走り、美術鑑賞をし、温泉に入って、心も身体もリフレッシュした。

【今月参加した大会、イベント】
8時間耐久レースin所沢航空公園(7月1日)

【今月走った都道府県市区町村】
神奈川県横浜市港北区、横浜市鶴見区、横浜市都筑区、横浜市緑区、横浜市金沢区、逗子市、三浦郡葉山町、埼玉県所沢市、長野県千曲市、埴科郡坂城町、上田市 以上3県10市区町

【今後の大会参加予定】
8月26日 山日YBS富士吉田火祭りロードレース 20km
12月2日 NAHAマラソン フル

秋のレースがまだ決まらない。
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旅日記・姨捨〜千曲川〜上田篇

松本から篠ノ井線で40分ほどで「姨捨」に着く。降りたのは二人だけだった。
この駅は善光寺平から標高差300mくらい上ったところにあり、スウィッチバックになっている。松本から来た列車は姨捨駅を出ると一度松本方に戻ってから、長野方面に下って行く。
姨捨駅

姨捨駅舎はなかなか洒落ている。亀甲型の窓がワンポイント。無人駅だ。

姨捨風景

駅近くから善光寺平を見下ろすが、水蒸気が多く、眺望が得られなかった。

棚田の一枚毎に月が映るという「田毎の月」で有名なところだが、月夜の晩に来ないと意味がない。
吟行の地としても名高いようで、昔からの句碑がたくさんある。今も新しい句碑ができている。
数ある句碑の中から二つ。
姨捨句碑1

水音の 弥(いや)澄む月の 夜さりかな  (平林)荘子

姨捨句碑2

信濃では 月と佛と おらが蕎麦  〔伝〕一茶 (傍らの看板には「作者不詳」とある)

やはり信濃では、蕎麦である。
長楽寺の隣にある「姨捨観光会館」でとろろそば(大盛り)をいただく。短く裁たれた手打ちそばが旨かった。

観光会館に「姨捨」の由来や句碑を説明した、地元の方の手刷りのチラシがあった。これが役に立つ。

飯島勇三さんの「姨捨山は語る」から。
〈姨捨山は姥捨山ではない〉
〈コノハナサクヤ姫の姉、大山姫は、姿・形が醜く、性質も素直でなかった〉
〈大山姫は、ある人が、信濃の国の月の澄める里で月を眺むれば心慰められなん、と言うのを聞き及び、春に都を立って中秋の名月の頃にこの地に着いた〉
〈昇る月を大石から眺めていた姫は感動のあまり、来世にはまともな身体で生まれたいと念じて、大石から身を捨てた〉
〈「姨」とは古語で、母の姉、妹を指す。コノハナサクヤ姫の子どもからみると大山姫は伯母、姨にあたる〉

つまり、オバステ伝説は「棄老伝説」では決してない、ということなのだが...
確かに「姥捨」は、ウバステと読む。
それはともかく、姨捨の話も決していい話ではない。いわば優生思想に基づく伝説だ。この手の話は神話伝説にはたくさんあるが。

身を投げた大石は「姨石」と呼ばれ、今もあるが、見逃した。

姨捨風景2

天気予報では、これから「ところにより」雨や雷があるとのことだった。これだけ水蒸気がたちこめ、蒸していれば、上空の寒気の入り次第では雷雨になってもおかしくない。
おかげで眺望が悪い。棚田の風情がうまく撮影できなかった。

姨捨風景3

これから千曲川の畔まで、ひたすら下ってゆく。風はそこそこ気持ちよい。

姨捨の桃

桃がいい色に実っていた。

武水別神社1

千曲川左岸の幹線道路になっている県道に出ると、大きな鳥居が見えた。ちょっと寄り道。

武水別神社2

武水別(たけみずわけ)神社と言い、善光寺平の五穀豊穰と千曲川の氾濫防止を祈念して祀られたそうだ。京都の石清水八幡宮から八幡神を勧請したとも。かなり立派なお宮だ。参道に旅館もある。
お手水が冷たく、旨かった。ペットボトルにも入れさせてもらった。

千曲川1

千曲川2

千曲川沿いの自転車道を上田に向けて進む。
陽射しが出てきて、ますます暑くなる。日陰のない土手道はちょっと辛い。

千曲川3

なかなか見えなかった川面が見え、川を渡る風に癒される。

千曲川4

アオサギが獲物を虎視眈々と狙っている。

千曲川5

姨捨から10km、上山田温泉である。
「県道長野千曲上田自転車道」とある。県道なのだ。
千葉の印旛沼の自転車道もたしか県道何号線だかの標識があったな。
全国を結ぶ国道の自転車道ができればいいのだが。

千曲川6

川に山が迫ってきて、なかなか風情が出てきた。
一時黒い雲が上空を覆い始めたが、すぐに明るくなった。

千曲川7

このあたり、河畔林が発達していて、自転車道もこんな緑陰の道になる。
15kmくらい進んだが、暑さと背中の荷物が疲労に輪をかける。休み休み、走ったり歩いたり。

ザックのサイドに2本差しておいたペットボトルが底をつきそうになってきた。
ここらの千曲川は右岸に街が発達している。国道も鉄道(しなの鉄道)も右岸。左岸の方は、戸倉上山田温泉を過ぎると、集落はあるが、コンビニも、水道のある公園もない。
結構消耗していた。

千曲川8

県道462号線だったのか。もうすぐ自転車道は終わる。
自転車道から歩道のない、交通量の結構多い県道に入る。山が川に迫り、大型トラックが多く、遠慮がちに路肩を進む。

道路の改良が進められていて、新しい道が山をぶちぬくトンネルにつきささっているが、歩行者は通れない。

千曲川11

洞門のある旧道は、廃道になっていて、それに代わる道が河川敷に大きくふくらむ形でつくられていた。

千曲川9

千曲川10

洞門の上はこんな恐ろしい姿の、今にも崩れそうな断崖。廃道にもなってしまうわけ。
2万5千分の1地形図には「岩鼻」と記されている。
(岩鼻については、上田市の文化財マップのHPに説明がある。県指定の天然記念物だそうだ)

岩鼻の麓を抜けると、上田郊外の街に入る。
上田の中心街のビルも見えてきた。

競技場が見える。周辺は運動公園のようだ。そこへ行けば水が出るだろう。新鮮な水を飲みたい、顔を洗いたい...

県営の運動公園であり、上田原古戦場の史跡公園にもなっていた。
案内図を見ると「水飲み場」があり、喜び勇んで行ったのだが...

飲めずの水飲み場

なんてこった... 水が出ない。

水はあきらめ、途中の自販機で缶入り清涼飲料水を買ってすぐに飲み干す。
めざす銭湯まで3kmくらいだ。

千曲川12

上田市内を流れる千曲川。

上田の銭湯

ちょっと迷ってたどり着いた銭湯「宮桜の湯」。信州大学繊維学部の近所にある。学生の利用が多そうだ。
現地発信の記事で書いたように、26日は「フロの日」でなんと入浴料無料!

その後のことは、26日の現地発信の記事をご参照のほど。

実際に走ったルートをあらためてジョギングシミュレーターで計測したら、27kmはあった。
しかし、結構歩いてしまったので、走ったのは20kmに満たないかもしれない。
所要時間(休憩時間等含む)約4時間。
(旅日記・上田〜塩田平篇に続く)
千曲川ランニングマップ


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旅日記・松本篇その3 松本城〜旧司祭館〜開智学校

1泊6700円のホテルの朝食は洋食バイキングだったが、クラムチャウダーがとても美味だった。「健康応援朝食」と銘打たれている。

8時半くらいに宿を出て、市内を松本城に向けて歩く。清らかな女鳥羽川を渡り、旧城下町のメインストリート「大名町通り」へ。
松本ウィーン展のバナー

松本城と城内にある松本市立博物館ではなぜか「ウィーン展」をやっている。通り沿いにバナーが出ている。松本市制100周年を記念する催し。

なぜ松本で「ウィーン展」なのか。

松本城天守閣は、全国で3ヶ所しかない国宝の城郭跡だ。
だいたい近世以前の城郭は、旧幕体制の名残を消去するためほとんど明治維新後に取り壊されているが、犬山・姫路、そしてここ松本だけが残った。

松本藩は幕末には譜代であり、維新後市内のほとんどの寺院は廃寺にされてしまうなど、街が壊滅状態だった。
一方そのころ、明治政府はウィーン万国博覧会への参加要請を受けた。

当時の松本市内の副戸長(今なら町内会長のようなものだが、連合町内会長よりずっと権限がありそう)の市川量造という人物が、松本城天守閣を残したいと、城を展示施設にした、ウィーンを模した博覧会を企画する。その入場料と寄付金によって天守閣を買い戻したいという魂胆で、これが見事に当たった、というわけだ。

ウィーン万博がなければ松本城天守閣は残らなかった、かもしれない、というお話。
松本城


松本城の花筏1

松本城の花筏2

内堀に「花筏」があった。6月に行われた「全日本花いっぱい松本大会」でつくったものらしい。カルガモさんたちの恰好のお休み場になっていた。

松本城天守閣には30年くらい前に一度行った記憶がある。
昔ながらの天守閣内は、階段がとても急で、案内人(監視員)が安全確保を兼ねて随所にいらっしゃる。お年寄りや身体に障がいのある方には厳しい。介助も難しそうだ。文化財とはそういうものだが。
松本城天守閣から2

最上層からの展望。北アルプスはもやの中。

松本城天守閣から1

旧開智学校を望む。

松本城天守閣から3

美ケ原方面。ちょっとだけ稜線が見えてきた。

松本城天守閣から4

市内中心部を望む。


天守閣を出て、入場券で博物館のウィーン展を観ることもできたが、由緒はあるにせよ、松本でハプスブルグ家のお宝を観る気にもなれず、博物館前を「スルー」して、旧開智学校へ向かう。

松本のバオバブ?

松本神社前にあったケヤキ。バオバブのように見えたが(バオバブのわけがないが!)、一度幹が伐られて新しい枝葉が伸びたようだ。

新旧開智学校

現在の「開智小学校」の向こうに「旧開智学校」を望む。開智小学校の校舎は旧開智学校の校舎を現代風にアレンジしたようである。

松本のネムノキ

小さな児童公園にネムノキが何本もあって、花盛り。「ねむのき公園」とでも言うのかと思ったら、ごく普通の地名のついた公園名だった(名前は忘れたが)。

松本旧司祭館1

松本旧司祭館2

旧開智学校の隣に旧司祭館がある。アーリーアメリカン風の軽快な感じの建物。カトリック教会の宣教師の「寮」だ。応接室にあった暖炉は今でも使えるようにしているそうだ。

旧開智学校正面

旧開智学校。もともと駅寄りの女鳥羽川のそばにあって、記念碑があったが、ここに移設されてから、このあたりの町名が「開智」になり、小学校もその名をとっている。
復元されたものだから、妙に新しい感じがするが、かなり意匠に凝っている。

信州は昔から教育に熱心な地域と言われているが、校舎にもかなりお金をかけたようだ。
「人づくり」が地域づくりの基という考えが強かったのだろう。今はどうだろうか。

開智学校の附属機関は、現在の信州大学や、松本深志高校、松本盲学校、さらに松本市立図書館や市立博物館につながっているというから驚いた。
松本は「ガク都」を標榜している(松本コンベンションビューローによる)。つまり、岳都(山岳の街)、学都(学園の街)、楽都(音楽の街)。音楽は言うまでもなく「サイトウキネン」。

旧開智学校の教室

中は撮影自由ということなので、昔の教室を復元した部屋を撮影しようとしたら、中学生がぞろぞろ入ってきた。「写真撮ってもいい?」と一応彼女達に言って撮らせてもらった。

旧開智学校のダルマストーブ

ダルマストーブ。今の子どもたちはまず見たことないだろうが、私の出た小学校では使われていた。懐かしい。煙突が付いていないのが不自然だが、電気で燃えている様子を演出している。

明治38年の松本のお天気

明治38年7月26日の「男子部日記より」。「七月二六日 雨降リツ止ミツ定マラズ」。
この年の梅雨明けも遅かったのか。

ヘイセイ19年7月26日の松本は曇リガチ。蒸シ暑シ。

松本駅まで歩き、篠ノ井線で姨捨まで行く。車内には外国人の姿が多かった。
(旅日記・姨捨〜千曲川〜上田篇へ続く)
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激しい雷! 政変か!?

いや吃驚した!!
半世紀の人生でこんなに激しい雷に遭ったことはなかったと言って過言ではない!
落雷マップ

20時24分現在の落雷状況である! 神奈川県東部(三浦半島を除く)が真っ赤っか!
(提供:東京電力の雨量・雷観測情報

19時30分過ぎに二度ばかり、ごく近所に落雷したような激しい雷鳴と雷光に遭った。
その時、「THE!鉄腕!DASH!!」を観ていたのだが、突然画面が変わり、「受信できません。ケーブルの接続を確認してください」とのメッセージが現れた。
停電はしていない。
ケーブルTV局のフリーコールに電話したが、「営業時間は終了しました」だと。この会社は緊急時に対応できないのか? これじゃ災害時にも対応できないな...
インターネットはつながっているので、ケーブルTV局にメールを送ったが、回答は営業時間内になるらしい... どうにも信頼できないメディアだ...

ショックで倒れた人がいたのだろうか、救急車のサイレンが聞こえた。

選挙の開票速報番組をラジオで聴いている。
どうなることやら(いろいろな意味で...)。
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旅日記・松本篇その2 100人の絶筆を観る

絶筆/松本市美

松本市美術館の特別展「日本近代画家の絶筆 100人の終止符。」。
神戸(兵庫県立美術館)、松本、富山(富山県水墨美術館)の3ヶ所を巡回する。
100人の画家の「絶筆」ばかりを集めた展覧会など、なかなか観られない。凄い企画だと思ったが、近場で観られないのが実に残念だと思った。
しかしちょうどまとまった夏休みが得られ、松本に見に行くことにした。
松本では、神戸で展示されなかった朝井閑右衛門、神戸・富山とも展示されない熊谷守一の作品が展示される、というのも、松本を選ぶ理由になった。


筆とは・・・
文字通り、最後の作品ということだが、厳密には「死後、アトリエに残された作品のすべて」「生前最後の展覧会出品作」「関係者によって〈絶筆〉と判定されたもの」などを言う。
この展覧会では、文献や関係者の証言から「絶筆」とされるものや、「絶筆」が確定していない場合でも、限りなく「絶筆」に近い最晩年の作品などを集めている。

最初は、青木繁の「朝日」。荒波の上ににぶく光る朝日。晩年は孤独と病で貧窮していたという。黒田清輝に師事していたという長原孝太郎の絶筆「明星」。釈迦が明けの明星を見る後ろ姿。とても哀愁を感じる。
46歳で世を去った青山熊治は、帰郷途中の車中で描いたという「富士山」が絶筆になった。

海や山の風景を描いた作品が絶筆になった人はけっこう多い。故郷の風景を回顧してか。自然に還るという思いからか。

佐分(さぶり)眞は、フランス留学から帰国後、東京で母や息子と落語を楽しんだ翌日、自分の画室で自ら命を閉じたという。なぜかはわからない。38歳。自死の前月に伊豆で写生した風景画3点が「絶筆」になった。死の影など感じさせない、抜けるように明るい小品だ。

を描いた人も多い。とくに、薔薇。
横須賀美術館の常設展示室で観た朝井閑右衛門の、絵具の盛り上がった絶筆は、この展覧会のポスターやチラシにも使われている。

ほかに、病の床で、妻にカンヴァスを持たせて描いたという薔薇の絵3作は、今西中通の絶筆。
中村研一の一気に描いた薔薇。児島善三郎の未完の薔薇。鈴木信太郎の薔薇。

なぜ薔薇に惹かれる人が多いのだろうか。

薔薇と富士を好んで描き「バラ富士太郎」との異名もあったという和田英作の絶筆は、三保の松原からの富士の風景。

富士山と並んで桜島の風景も比較的多かった。和田英作は桜島を眺められる鹿児島垂水の出身。

京都生まれの日本画家麻田鷹司の絶筆は「相州阿夫利山」。私の住み処近くからもよく見える相模の名山・大山を描いている。

物画や抽象画も何点か。

38歳で亡くなった、超現実的な絵画を得意とした古賀春江の最後の作品「サーカスの景」は、古賀らしい作品だ。調教師の指示で7頭のトラが「組み体操」をしている。たしかにサーカスだが、背後でキリンは空中に飛び、アシカが飛び跳ね、もう1頭のトラはゾウの背中に乗っている。川端康成はこの作品を「どうしてあんなにしいんと静かなのか」と問うたそうだ。

民衆の「たたかい」を描いた山下菊二の絶筆「彼の話」は、椅子に座る人の姿。何人もの人が重なって見える。出会った人々の複合した姿か。

「顔」の画家中村正義の絶筆「うしろの人」。二重写しの人物像。白塗りの顔の和服を着た女性、その後ろにやはり和服を着た人の影。梵字のような文字も描き込まれている。

フォービスムの画家里見勝蔵の絶筆「人物(顔)」はやはり野獣派。
抽象画家山口長男(たけお)の絶筆は、やはり黒と赤茶色が画面を覆う抽象画。
「具体美術協会」のリーダーだった吉原治良の絶筆は、明朝体の払いと止めをモチーフにした絵。


人の作家一人一人の絶筆を、傍らの作家解説や作品のイメージをメモしながら見て行ったが、さすがに最後の方は疲れてしまった。
最後の方は日本画の作家が比較的多く展示されていたが、ちょっと眼も、鉛筆を持つ手も疲れて、印象が散漫になってしまった。

最後の部屋の中央に、長さ5m以上はあるかという作品が、平台の上に展示されていた。
2002年に73歳で亡くなった「アンフォルメル」(非定型絵画)の作家今井俊満の作品で、タイトルは「The para para dancing」。つまり「パラパラ」を踊っているコギャルがモチーフだ。今井俊満は晩年、日本回帰を目指して、現在の日本を表現しようとしていたようだ。「コギャルシリーズ」という作品群を残しているそうだ。
「The para para dancing」は、踊るコギャルたちの絵と、コギャルたち、フーゾク系の写真のコラージュを展開した超大作! ガンに冒され、死期を悟っていた今井が咲かせた最期の大輪の花、という感じ。
しかし、70代でこういう作品を創るとは!

術家は生の限り、そして死してなお、ever green、いつまでも枯れない、朽ちないのだと思った。

死の瞬間まで、絵筆を離さなかった画家。病床で、伴侶にカンヴァスを持たせて描いた末期の画家。自死する前に遺言のように絵を遺した画家・・・ 皆、後々の世まで、己の生の証しを残したいと思ったのだろうか。

この感銘は、今回の旅の終わりに訪れる、信濃デッサン館や無言館にもつながりそうだ。

おしまいに、チラシにあった言葉を引用する。
「画家の心は、ただただ"描きたい"のです。美しい物、愛する人、湧き上がる不安、底知れぬ恐怖と不条理、懐かしい風景、清らかな空、いとしい家族、穏やかな喜びと、せつなさ・・・」
「死は突然やってくることもあり、約束通りの順当さで訪れることもあります。その生がプツリと切れる瞬間まで、画家は見つめ続け、描き続けます。それが生きる意味であり、生きてきた証しだから。」
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旅日記・松本篇その1 松本市美術館へ

7月25日(水)八王子から「あずさ」に乗り、降り立った松本は曇り空。北アルプスの山々も、美ケ原も、見えない。
駅前の飲み屋街を歩いて、夜は居酒屋になるそば屋に入って、天ぷらそば定食を頼む。妙に気取ったそば屋より旨かったように思う。
この日の目的地は、松本市美術館。美術館までは、駅前からまっすぐ伸びる「あがたの森通り」を10分ほど歩けば着くのだが、ビルの建ち並ぶ広い大通りを歩いてもつまらないので、裏通りを歩いた。
古い店や民家が多い。
湧き水の豊富な松本市内の名残「源智(げんち)の井戸」があった。1989年に復元されたそうだ。井戸から流れる水はちょっとした流れになっているが、街なかに水路はほとんどない。
市内中心部を縫うように流れる女鳥羽(めとば)川や、松本城の堀(それもずいぶん埋められている)がほっとさせてくれるが。

「サイトウキネンフェスティバル」(8月15日〜9月9日)の会場の一つ「まつもと市民芸術館」(伊東豊雄設計)の前を通り、松本市美術館へ。いきなり目に飛び込むのは・・・
草間彌生/松本市美

クサマヤヨイだ!
草間は松本出身だそうである。草間は海外で評価されたが、その異端ぶりが故郷では長く受け入れられなかったようだ。
松本市美術館はまだ開館から5年。世界的に有名になった草間がやっと「里帰り」できたようだ。
常設展示「草間彌生 魂のおきどころ」。
京都の美術学校で勉強していた頃のスケッチ(案外オーソドックス)から、水玉の宇宙が広がるミラールームまで、草間の絵画やインスタレーションが、コンパクトに観られた。

草間の常設展を観る前に、特別展「日本近代画家の絶筆 100人の終止符。」と「地球(ほし)の旅人 自然に魅せられた写真家たち」を観た。
「絶筆」を観るのが、今回の最大の目的だが、これについて書き始めると、長くなるので、別のエントリーにする。

「地球の旅人」は、自然写真を撮る4人の写真家の展覧会。
故人(1966年没)の穂苅三寿雄(ほかり・みすお)は、槍ケ岳の槍沢小屋を開いた人で、土産用写真や山岳写真はがきを製作する写真館を開業。私にとっては「知られざる山岳写真家」。
モノクロの、昔の北アルプスの風景を撮った写真は貴重な記録だ。

あとの3人は、30代後半から40代の現役ネイチャーフォトグラファー。
超広角のスケールの大きな山岳写真を撮る菊池哲男、水の風景が印象的な林明輝(りん・めいき)、日本、カナダ、アラスカで野生動物を撮っている前川貴行。
それぞれ、大きな画面でとても迫力があり、感銘を受けた。

北アルプスの玄関口である松本ならではの、爽やかな展観だった。

松本市美術館には結局4時間余り滞在。大半は「絶筆展」で過ごした。
松本の夜は、翌日30km近く荷物背負って走ることを考え、田楽をメインにした定食に生ビール中ジョッキ1杯を駅ビルでサクっと飲み食いして終わり。
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久しぶりのクラブ練習会

4月以来、隔週土日勤務になったおかげで、クラブ練習会の第2第4土曜日に休めなくなった。やっと7月、第2第4土曜日が非番の日になったので、3ヵ月ぶりにクラブに復帰できるはずだったが、7月第2土曜日は台風の影響で大雨。第4土曜日にやっと参加することができた。

大人たちと若者たちが半々。
地元大学の女子学生ボランティアが初参加。中学時代に陸上をやっていたが、クラブの目的である子ども支援に関心をもって参加されたそうだ。
長距離組に参加してくれた。
元気な中学生二人、「所沢8耐」で私を上回る距離を走り抜いたクイーンIさん、クラブの長老よしおさんとともに、木陰が涼しい三ツ池公園まで10km余りの道を走った。

鶴見川堤防や河川敷は日をさえぎるものもなく、暑さには負ける。
三ツ池公園周回コースは本当に涼しかったが、帰りはけっこう辛かった。
中学生の一人もへばりそうだったが、ボランティアのKさんとクイーンIさんとともにゴールイン。

綱島温泉にみんなで入浴。気持ちいい〜!
湯上がりはみな好き好きに飲み物食べ物をゲットして歓談。
私は信州みやげの「みすず飴」を持参。女性や子どもたちにふるまった。

有志の2次会でいつもの中華料理店に行った。私は3ヵ月半ぶり。学生ボランティアのKさんも参加してくれた。

やっぱり地元での年代を超えた交流は楽しい。
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のんびり、でも中身ぎっしりの小旅行でした

午後7時過ぎに帰宅。
東京駅に降り立った途端、人の多さ、空気の悪さにうんざり・・・
信州は街も適度な「人口密度」で、とてもいい「空気感」だった。
とくに今日は、スカッと晴れて、自転車で巡った塩田平はとても爽やかだった。

今日はまだ、この足掛け3日間の見聞が頭の中で整理されておらず、詳らかに書く気もない。
ともかく濃い3日間だった。と言っても結構のんびりしていたのだが。少なくとも団体ツアーのような強行日程ではない。

ざっと日程を記しておく。

25日、松本市美術館「日本近代画家の絶筆 100人の終止符。」「地球(ほし)の旅人 自然に魅せられた写真家たち」「草間彌生 魂のおきどころ」を鑑賞。松本駅近くのホテル泊。

26日、松本城、旧開智学校、旧松本司祭館を見学。JR篠ノ井線で姨捨駅へ。観光センターで昼食後、棚田の中を下って千曲川沿いの自転車道を遡り上田へ。上田市内の銭湯入浴(フロの日で無料)、上田駅前のホテル泊。

27日、上田電鉄別所線で別所温泉へ。駅で無料レンタサイクルを借り、前山寺、信濃デッサン館、無言館、塩田城址、龍光院、中禅寺、安楽寺、常楽寺を巡り、別所温泉の共同浴場「大湯」で入浴。別所線で上田に戻り、長野新幹線で東京へ。帰宅。

写真も結構撮ったので、整理しつつ書くつもり。今日はここまで。
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26日、26km、26(フロ)の日!

今、信州上田の、とあるホテルから発信。
今日は、「姨捨」の棚田から、千曲川に下り、「長野千曲上田自転車道」を走ったり歩いたりして約26km、上田までやってきた。
3分の1は歩いていた・・・

梅雨前線の通過で雨や雷もあるという予報だったが、ほぼ薄曇りで結構日差しもあり、風はあったもののとても蒸し暑い気候だった。

上田の街なかにある銭湯をゴールにした。
なんと今日は26日、フロの日で、無料!!
体がほてっていたので、「カラスの行水」同然だったが、汗まみれの体を洗い流して、さっぱりした。
外に出たら、とても心地いい風。

宿にチェックインしてから街に食事+飲みに出た。
入った店で、隣に後から来た「定年まであと数年」という男性と意気投合、政治のことやら美術のことやら、結局3時間くらい、いろいろお話。ママさんも気さくな感じで、話の輪に加わってくれた。
上田の地酒の辛口冷酒が旨かった。

明日行く予定の「無言館」についての薀蓄、思いも伺って、明日がますます楽しみになった。

昨日今日明日の見聞録は、写真も交えて、明日以降にアップする予定。
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真夏日/カマキリ来訪/エコぞうり

「夏休み」二日目。
久々の青空。昨日に引き続き洗たくをし、ふとんを干した。ふとん干しは何日ぶり?
「真夏日」になったらしいが、湿度が低く、爽やかだ。
「梅雨明け」はまだなのらしい。
恩返し?に来たカマキリ

ふとんを干すためにベランダに出たら、カマキリがいた。まだ子どもだ。
そういえば、先週近所のスーパーに行ったら、店の中でおばさんがしゃがんで何か見ていた。何かと思ったらカマキリの赤ちゃんだった。手でつかめないので困っているようだったから、私がつかんで、外に逃がしてやった。
その時のカマキリが「恩返し」に来てくれたかな? なにメルヘンなこと言ってるんだか。

午前中、マンションの一斉排水管清掃(超高圧洗浄)があり、「自宅待機」。清掃は昼前に、ものの5分で終わり、その後用足しと食事のため外出。
エコぞうり

用のあったNPO運営のリサイクルショップで「エコぞうり」を買った。
古布を使った「リメイク」品。壊れたらこのショップのスタッフが直してくれるそうだ。
帰ってから履いてみたら、やわらかくて履き心地がとてもいい。
ショップでは「リメイクコンテスト」が行われる。再利用ではなく、再生・新製だ。
LINK>> *らくらく情報ひろば *WEショップ・こうほく

さあ明日から「小さな旅」。また天気がぐずつきそうだが、暑くなくてよさそう。

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ミンミンゼミ・アブラゼミ初鳴き:「夏休み」初日

どんより曇り、時々しょぼしょぼ雨降り。
今年の「梅雨明け」は早い、と「梅雨入り」前に「気象庁の方の人」が言っていたのを聞いたのだが...
7月20日を過ぎてまだ梅雨が明けないのはすでに「遅い」と思う。

午前中、洗たくをするためにベランダに出たら、小雨ふりしきるなか、ミーンミンミンミン... ジ〜〜ジリジリジリジリ...
先週はヒグラシも鳴き始めた。

暦の上では今日は「大暑」なのだった。
今日から全国一斉「打ち水大作戦 mission uchimizu」の開始だ!
しかし今日は、蒸し暑いが、自然の打ち水がすでに挙行されてしまった。

当地においても、8月22日(水)、町内会など主催の打ち水大作戦を挙行する。
(小さな字で書きますが、ぢつはワタクシが言い出しっぺなんです)
LINK>> *菊名「川」物語 *よこはまの打ち水 *らくらく情報ひろば

さて新潟方面はかなりの雨のようだ。
雨、暑さ・・・地震の被害を受けた方たち、救援・復旧・復興の作業にあたられている方々には、ほんとうに辛いことと思う。
私は、こういう時に1週間休暇をとっているのだから、お手伝いに行けばいいのだが、自分のリフレッシュ(復興)のために使うことにしていたのだし、ボランティアで疲れては何にもならず...と結局自己中心的な考えで、予定通りの休みにした。
その代わりでもないのだが、こちらで情報収集・提供を行っている。せいぜい、使途のはっきりしているところに寄付をしたい。
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夏季休暇計画

明日から、定休日との組み合わせで連続8日間の「夏休み」をいただくことにした。

4月からの新職場で、膨大な引き継ぎ(先送り)事項を片っ端から片づけ始めて、ずいぶんと「突っ走って」きたら、今月になって身体と心に跳ね返ってくるようになった。「失速」気味。
リアルに「走る」方は、クラブ練習会などへの参加機会と練習量が減ってしまった。これも身体と心によくない。

この8日間で、理屈抜きでリフレッシュしたいと思う。

とりあえず明日は洗たくと掃除に明け暮れそうだ... しかも明後日は排水管洗浄のため、午前中は「自宅待機」... 梅雨明けはまだのようだし、ちょっと冴えない。

しかし、25日からはちょっとした計画がある。
信州アート&ランニングツアー!
見たかった展覧会、行きたかった小さなミュージアム、走りたかった道。
現地からのご報告ができると思う。
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フルマラソン1歳刻みランキング

雑誌ランナーズによる、「フルマラソン1歳刻みランキング」。4月から3月までの1年間に国内で行われたほとんどのフルマラソン大会に一度でも参加し、完走した人が対象だ。
何度か参加している場合は、最もよい記録をもとに、同性・同年齢のなかで順位付けする。
ランナーズ本誌に100位までの記録が発表されたが、今年は、ランキング圏外の人にも記録証を有料(500円)で発行してくれることになったのだ。
今年2月の東京マラソン前日、東京ドームで行われたイベントでは、2005年4月から2006年3月までのランキング記録証を無料で発行してくれた。イベントに来場した人だけの特典だった。

さて、先月申し込んだ記録証が今日届いた。
1歳刻みランキング記録証

私の記録は、今年3月の湘南マラソンで「樹立」した自己最高記録に基づいている。
(年齢は恥ずかしいので消しました...)

ちなみに2005年度は、1733人中581位。タイムも11分余り短縮しているから、1年でずいぶん「進化」したものだ、とあらためて思う。こういうランキングは励みになる。
「寄る年波」と仕事、生活環境の変化が今後どう影響するか、自分のことながら「見モノ」である!
なお、今月の走行距離は、18日現在(昨日今日は走っていないので)131km。1日に55km走ったのが「大きい」。

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モリさんに会いに行く

熊谷守一美術館1

晩年、街なかのうっそうとした屋敷のなかで、蟻や猫の姿を描きながら、ひっそりと暮らしていたモリさん、熊谷守一さんが97歳で亡くなって今年の8月で30年だ。

連休出勤の振替休日になった今日、東京豊島区千早の「熊谷守一美術館」を初めて訪ねた。
ずっと行きたいと思っていたところだった。
池袋西口から、立教通りを抜けて山手通りを横断し、城西高校の横を通った。
都内を歩く時は地図を持たない。行く前に地図を見て、記憶して行く。
時間がある時は、「行き当たりばったり」のあてずっぽう街歩きを、私はするのである。
「大東京超巨大迷路」と勝手に名付けて、もう10年くらいになる。

今回もちょっと迷ったが、まさに「行き当たりばったり」! あ、ここか!というところに、モリさんの美術館は、あった。
熊谷守一美術館2

ここはもともと、亡くなるまでの40年余りを過ごした屋敷のあったところ。
屋敷の面影はないが、お隣りの家が未だにそんな雰囲気を残している。

500円の入館料を払って、モリさんの太陽シリーズの絵柄を使ったドアノブを引いて第1展示室に入る。
若い頃の「アカデミック」な画法の作品から、はっきりした輪郭線にフラットな彩色の、シンプルな後期の作品まで、油絵を中心に展示されている。
モリさんといえばまず目に浮かぶ、寝そべる白猫の絵もあった。

シンプルな作風になる兆しは、榧さんの解説によれば、戦時中にあったらしい。
展示室には戦後1947年作の「冬の海」という風景画があり、これが過渡期の作品のようだ。
1948年作の「仏前」。お供えの卵の白がくっきりと目に飛び込む、とてもスタイリッシュな絵。これがモリさんの作風を決定付けているようだ。

モリさんの絵の署名は「クマガイモリカズ」というカナクギ流の文字が「定番」だが、60代あたりからこうなったようだ。それ以前は漢字で「熊谷守一」と署名していたのだった。

モリさんは墨絵や書、作品は少ないが彫刻も残している。それらが、第1展示室から2階の第2展示室にかけて展示されている。
私は書の鑑賞眼を持たず、関心を持てなかったが、「蒼蝿」と書いた作品が、言葉がよくないので個展で売れ残った、というキャプションがついていて、ちょっと笑わされた。

戦争にも関わらず、戦後の経済成長期にも、自分の感覚を信じ、妥協もせず、媚も売らなかった、ある意味不器用なモリさんの人生・・・

3階の「ギャラリー榧」。美術家榧さんの個人ギャラリーだが、今は「熊谷守一最後の10日間」がテーマ。
晩年の、ひげをたくわえたモリさんの写真、死に際のモリさんの姿を描いた榧さんらの絵などが展示され、真ん中のテーブルには、榧さんの、モリさん臨終までの10日間の日記を掲載したパンフレットが置いてあった。
しばし、榧さんの文章に読みふけった。
兄弟や母親との葛藤なども赤裸々に書かれている。
モリさんは最期まで、マイペース。
とても切なく、いろいろ考えさせられる文章。

このパンフレットはもう販売していないそうで、残念だった。

この美術館はモリさん逝去から8年後の1985年にできた。現在は、次女の熊谷榧さんが中心になって運営する私立美術館だが、榧さん所有の守一の全作品を豊島区に寄贈して、今年12月からは豊島区立になるそうだ。榧さんも、私の母とほぼ同年だ。
「私が生きている間は豊島区からの委託という形で」従来通り運営に関わられるそうだ。

榧さんは「金曜日は美術館に来ております」とのこと。
金曜日に伺いたいと思う。

モリさんの絶筆、熊谷守一美術館所蔵の「アゲ羽蝶」が、松本市美術館で開催中の「絶筆展」に出ているそうだ。松本竣介や中村正義などの最後の作品とともに。
来週、まとめて夏休みをとる予定なので、是非とも観に行きたい。
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海の日、出勤、大地震

朝は自宅近くから富士山は見えなかったが、大山の姿がくっきり。
職場近くからは相模湾越しに丹沢箱根伊豆の山々が鮮明に見えた。富士山はやはり雲の中。
波もだいぶ穏やかになった。

職場は昨日の反動で結構盛況だった。3連休最後、なんだよね、世間は。

私の体調、心模様も、だいぶ「恢復」した。

弁当を食べてからちょっと外の空気を吸いに出たら、警備員さんから「新潟で大地震だそうですよ」と教えられた。
台風の次は地震か・・・ しかもまた新潟?
机に戻ってネットニュースをチェック。
柏崎などで震度6強。
2004年10月の「中越地震」でも、隣接の長岡などで同じくらいの揺れがあり、大きな被害があった。
今回は長野県北信地方でも大きな揺れがあったようだ。飯綱や信州中野など。

2004年中越地震の時は、被災地のNPO運営の障がい者授産施設への支援を、地域のネットワークで行った。今回も顔の見える支援をしたいと思う。マスメディアなどの募金もあるが、どういう使われ方をするのかわからない。それより、どこでどういう目的で義援金を使うか、はっきりとわかるところに寄付をしたい、という気持ち。
こちらでも何かあったらと考えれば、おたがいさまだ、ということで。
現在、こちらで情報収集および提供中。

まずは被災地の皆様にお見舞いを申し上げたい。


23時20分、余震か? 横浜市港北区でも、体感震度2くらい。

23時25分の発表では、地震発生は23時18分。震源は「京都府沖」。
最大震度は4で、記録したのは北海道十勝地方中部。えっ? 京都府では震度1のところさえないぞ。近いところで兵庫県北部が震度1。
それというのも、震源の深さが370km!
ちなみに中越沖地震の本震は深さ10kmのところが震源とのこと。

おしまいに、今度の地震で最大、最恐の懸念。
柏崎刈羽原発の放射能漏れ。ごく微量だと言うのだが・・・

追伸
明日は休みなので(でも明日は走れないので)、今夜は久々に「夜練」10km。快!
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とっても切ない台風サンデー

台風4号(アジア名*「マンニィ」=香港の命名、海峡の名だとか)が直撃か!と危惧される半島の職場にイレギュラー出勤。
先週がマンションの工事説明会だったから、今日と出勤日を取り換えたわけだが、野暮用で休んで台風迎撃体制で出勤なんてなんだか切ない。

 *台風の命名等については、こちらのサイトがかなり信頼性が高い。

通勤のバスから見た海岸、いつにない「ビッグ・ウエーブ」を貪るサーファーたちを横目(ちょっと白い目!)。

ここのところ、職場関係でストレスためているから、「な〜にやってんだ、バカサーファーたちめ!」と心の中で叫んだヨ!

バスから降りるとけっこう強い雨。
しかし台風はまだこれからのようだった。

この天候でも、お客様はおいでになる。
世間は3連休だが、こういう日は電車も道も混まないからとお考えの諸兄姉はいらっしゃるもので。おいでくださるのはありがたいことだが。

職場の「司令官」は、午後はちょっと警戒体制をとる、3時頃が台風に直撃されそうだから、様子を見て来客の受け入れをやめ、職員も帰宅するように考える、という考えのようだった。

午後、雨も風も小康状態。日も射し始める。
外に出て遠く海を見やれば、ものすごい波。文字通り「神奈川沖浪裏」の北斎ウエーヴ!
この期に及んで波に乗るバカはさすがにいない。

ネットで台風情報を確かめたら、すでに「マンニィ」は房総沖をどんどん陸地から離れるように進んでいるようだった。

「司令官」は、いつもどおりにしっかり仕事して帰れ、との指令。

定時より15分ほど遅れて職場を出たら、また雨降ってきた。
自宅近くに到達したら、今度は風がいやに強くなった。
「吹き返し」というやつか。

雨風が大気をきれいにしてくれたせいか、なんだか爽やかな空気だった。
明日は「台風一過」か。明日も出勤なんだけど。切ないねえ。
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雨の休日はお絵描き

6月2日以来参加のアートクラブ。

雨でなければランニングクラブ定例練習会に3ヵ月ぶりに参加する予定だった。
4月以来、練習会のある第2第4土曜日が出勤日になってしまったのだが、今月から9月まで第2第4土曜日が非番になった。
今日は「貴重な日」だったのだが、嵐の前の雨だし、体調もよくなかった。

アートクラブにもなかなか参加できないが、こちらは毎週開いているので、1ヵ月に1回は参加するつもりでいる。

今日の生徒は子どもたちが3人におとなが3人。

ギャラリーでは「小さな平和展」が最終日で、出展者が集まってにぎやかだった。
「美しい国」より「やさしい心ある国」、というのがテーマ。猫の絵から「イマジン」のオリジナル翻訳を書いた書作品などまで、全体としてメッセージ性はあるが、楽しい雰囲気の展覧会だった。
何か絵でも出品してほしいと言われていたが、間に合わなかった。
ところで「美しい国」を逆に読むと「憎いし苦痛」...というのはすでに有名なお話。

たまねぎとあすぱらがす


タマネギとアスパラガスを描いてみた。
1時間半くらいしか時間がなかったが、子どもたちがやかましくても、ギャラリーがにぎやかでも、ここに来ると落ち着いて描ける。
自宅だと、いくら時間あっても、あれやらなきゃこれしなきゃと落ち着かず、描けやしない。

右脳を使ったおかげで、疲れが癒された。

明日は仕事だが、台風は大丈夫だろうか。
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走るな!呑むな!休め!(独り言)

灸すえて一時は回復したかに思えた体調だったが、昨夜ちょっと晩飯の時に呑んだのが災いして、今日はだるさに頭痛も加わった。
肝臓が弱っているようだ。

今夜は飲み会があったが、ビールをコップ2杯だけおつきあいして途中で退席。よれよれ状態で帰宅。

明日一日休みで明後日また出勤だが、明日はほとんど雨降りのようで、3ヵ月ぶりに参加する予定だったクラブ定例練習会もなさそう。明後日は台風直撃で、職場も休みになるかもしれない。

とりあえず「走り」も「呑み」も、明日はなし。
「休足」「休肝」がまさに「肝要」である!
真夏が来る前に、肝臓と足と、仕事ですり減っている神経を休ませなくては。「肝」に銘じておこう!
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足三里に灸すえる

今朝も寝起きが悪く、なんとか職場に着いたものの、全身の「重だるさ」を感じ、上司に訴えたら「君一人いなくてもウチはつぶれないから、すぐにでも帰ること!」とつまらないことを言われてしまい、結局年休を申請して昼過ぎに帰った。

電車ではすぐに居眠り。

睡眠が時間の割に十分にとれていないのだ。寝起きの悪さは、寝ている間、身体に力が入っているからだ。だから7時間くらい寝ても疲れがとれないどころか、かえって疲れる。

仕事でくたくたになったり、走り込んだりして、心身が疲れたら、とりあえず眠れるが、眠りは浅く、寝ている間身体がこわばっていたりもする。

帰ってからとりあえず、両の足三里に「せんねん灸」をすえた。
いつになく効く感じ。
2時間ほど横になったが、全身の力が抜けて、ふとんに吸い付くように、重力を感じた。
眠りはせず、ラジオを聴いていたが、ちょっと楽になった。

今夜は、またふとんに吸い付けられるように眠りにつきたい。
疲れのとり方が上手くなりたいものだ。
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バイオリズム?

週明け、体調が崩れ気味。全身倦怠感。やる気も出ない。心身ともに落ち込んでいる。

2週間前も疲労感が強かった。その2週間前は歯茎の痛みがあった。ここのところ偶然2週間周期。バイオリズムか?

バイオリズム。最近あまり目にも耳にもしなくなった言葉だが、ずいぶん前は職場訪問の保険屋さんが一人一人の生年月日を聞いては、「今月のあなたのバイオリズム」などという小さなチラシを届けてくれていた。その会社の保険には加入しなかったけど。

バイオリズムは、「血液型人間学」ほどではないにせよ、かなり偽科学っぽい。
波の周期は、身体23日、感情28日、知性33日、というのがバイオリズムの「定説」。
これは個人差があるだろうし、疲労の度合い、天候、環境などさまざまな外部要因が影響するから、波が「乱れる」ことだってある。

最近の私は身体の波が2週間周期。2週間前はさほどでなかったメンタル面の落ち込みが今週はちょっと大きそうだ。(今、ずいぶん冷静になって書いているが)

変則勤務が今週来週とさらに変則になるのも、ちょっとよくないなあ。
少し面倒な会議もあるし。

今夜はそろそろ寝る。
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今日は変則休み〜水道の話

今日は本来出勤日だが、今日非番の人と交替してもらい、来週日曜に出勤することになった。
それというのも、マンションの大規模工事の説明会のため。
水道配管を更新するためで、各戸内部の工事もある。
各戸工事は3日間にわたり、当然その間、家にいないといけない。
すでにその日程は決まっていて、「変更はご容赦ください」とのこと。
私のところは、木・金・土で、この土曜日は出勤日。

家族居住の世帯が圧倒的に多いから、「家族でご相談の上で、ご在宅ください」と言われるのだが、私は相談相手がいない、に等しい。親には頼れない。きょうだいも私以上に多忙だ。

単身世帯もある。その多くは高齢者で、日常的に在宅だから、あまり問題ない。

300世帯もある大型マンションだから、さまざまな居住形態があるのだが、こういう工事は「最大公約数」を想定してやるしかないだろう。
そう理解して、なんとかするしかないのだけど。

水道は、受水槽からの給水から、直結方式に変わる。
「水がおいしくなるわけではなく、〈新鮮〉な水になります」
と工事担当者は強調していた。

ところで私の家での飲み水は「若清水」。
銘水「若清水」


なんのことはない。水道水の「湯冷まし」を冷蔵庫で冷やした水。つまり「沸かし水」!
毎朝コップ一杯。うまい。と言うか決してまずくない!

ヨコハマの水(相模川・道志川系)は大都市のなかでは比較的うまいと言われているようだが、私はかつて、東京でも最もまずいと言われていた「金町」(江戸川)系の給水地域に住んでいたから、それに比べればうまいかなあ、と思っていた。最近金町浄水場も活性炭を入れて浄水しているようで、努力しているらしい。
まず「原水」をきれいにしなきゃ、と思うけど...

説明会は午後、1時間半余り。
時間があったし、比較的涼しかったので、「四季の森」まで往復23km、LSDしてきた。
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20日ぶりの銭湯寄り道帰宅走

8耐ならぬ7耐55km走破のあと、脚の痛みは2日でほぼ消え、木曜日は職場から帰りに4kmばかり歩いた。そして、土曜日に帰宅走をしようと思っていたのだが、土曜の予報は雨。むしろ今日の方が天気がよかったので、帰宅走は今日決行。

休日前の金曜なら「お化けトンネル」越えカマクラ縦断コースなのだが、明日は仕事なので(?)池子越え赤井温泉コースにした。ま、気分でそうなっただけ。
しかし正解。熱い黒湯、冷たい源泉、ぬるめの水道バイブラバスを一通り堪能して、すっかりいい気持ち♪
外に出たら、風がこれまた気持ちよく、これで明日が休みだったら最高なのだが...

そう! 明日は仕事。自分に言い聞かせる!

ニイニイゼミの声を今年初めて聞いた。