悠歩快走録☆3

悠々と歩み、快く走りたい

水に惹かれてハマ美詣で?:水の情景展

横浜美術館前070618#1

水の見せるさまざまな姿に惹かれている。とくに水面。刻々と変わるさざ波、反映のつくる像。その一瞬をとらえて、描きたいとずっと思っている。去年、ちょっと着手したが、全然進んでいない。

私はカナズチだが、水浴びは好きだし、風呂も好きだ。水を飲むのも大好きだ。ヒトとしては当たり前かもしれない。ヒトはみな胎内の水に浮かんで生まれてくるからだろう。

横浜美術館の「水の情景−モネ、大観から現代まで」展を観に出かけた。先週月曜日(6月18日)のことである。

「たゆたう」「動く」「満ちる」「水と人」という4部構成。

「たゆたう」。いい語感だなあ。
なぜ私が水面に惹かれているかと言えば、「たゆたう」感に惹かれているからだ。なんだか意味不明だが!
ここでは、国新美のモネ大回顧展に出なかった「二軍」(?)の睡蓮があった。本展のポスターやチラシに取り上げられるくらいの目玉だが、私はあまり心惹かれなかった。
それより、現代作家の丸山直文のアクリル画、川瀬巴水の大正期の東京の水辺を写した版画に惹かれるものがあった。「たゆたう」感はモネには私は感じられないんだなあ。


「動く」。滝、波、流れ。これも水の魅力だ。
水の魅力ある動きが、絵なり写真なりでとらえられたらいいな、と思うのである。
いきなり目に飛び込んだのは、横山大観の滝の図だ。そしてクールベの波である。真打ち登場だな、これは。
横須賀美術館で初めて観た石田尚志の映像もあったが、スカ美で観た作品の方がよかった。

「満ちる」。湿気、霧、蒸気、潤い。息苦しい感じもあるな。
ここにあったモネの「国会議事堂、バラ色のシンフォニー」は、睡蓮より好きだ。

「水と人」。水と人とのかかわり、である。言い換えるのも野暮。
シベリア抑留の壮絶な体験を作品化した香月泰男の、出征前の不安感が溢れる「水鏡」には圧倒された。
戦場写真家の沢田教一、ベトナムの水上で戦禍から逃げる民衆の写真にも。

高嶺格の映像が別のブースで展示されていた。揺れる女性の姿が、水槽を通して壁面に映写されていた。なまめかしいがいやらしくない。この作家、この美術館で展示中止になったことがあったが、作家より館の見識を疑ったものだ。今回はちょっと「自粛」気味。でも、いい感じだ。

ビル・ヴィオラは、森美術館で観たほどのインパクトが感じられなかった。

会場出口は、沖縄出身の照屋勇賢がボランティアやインターンとともに敷き詰めた、死んだサンゴのかけらやゴミ。「水と人」との関係性を鋭く問う...ているのだろう。
出口で観覧者はサンゴのかけらを否応なく踏みしめる。ザクザク感は心地よかったけれど。


横浜美術館前070618#2

横浜美術館前070618#3

美術館前の広場、池には眞板雅文の竹を組んで創った巨大な立体作品がある。港北ニュータウンや南足柄で竹林の保全をしている「日本の竹ファンクラブ」が協力しているようだ。


「水」をテーマにすれば、なんでもできてしまいそうだ!
展覧会のテーマとしては、ある意味安易だけど、悪くないテーマだ。やっぱりヒトは水から生まれたんだな。

サントリー美術館では「水と生きる」(サントリーのキャッチコピーだ!)という日本美術の展覧会が始まっている。こちらも見に行きたい。

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