悠歩快走録☆3

悠々と歩み、快く走りたい

反省と感謝

サル年のせいか、すぐ反省だけはする私ですが、反省が次に生きないのがいけません。反省しなければいけません(?)。

それより、私には感謝の心が足りないかもしれない。また反省。

★今年も親不孝の一年でした。しかし、私の生き方を一応尊重してくれている親には感謝。
★職場の上司、先輩、同僚の皆様、日頃のご指導ご鞭撻に感謝します。
★Futures Running Clubの皆様、おつきあい、励ましをありがとうございました。あたたかい気持ち、熱い心をいただきました。
★関東マラニックの会の皆様、とくにいつも通信を送ってくださるYさん、マイペースで続けることの尊さを教えていただき、感謝します。
★かれんアートクラブのS先生、いつもアドバイスをくださり感謝。M先生、母子ともに健やかで本当に今年はよい年でしたね。
★ワークショップピリオドの皆様、最近はあまり協力せずごめんなさい。長い目で見てください。私のアイデアを取り入れていただいたことに感謝します。
★ブログつながりの皆様、拙ブログへのコメント、トラバ、ありがとうございました。「これにこりずに」今後もお願いします。ブログというシステム、サービスにもあらためて感謝。

★そのほか、20周年を迎えた「らくらく市」実行委員会の皆様、私を迎えてくださった「Green Vibration展」や「箱根路を走る会」の皆様、各地のランニング大会のスタッフやボランティアの皆様、とくに元気を補給して体調を回復させてくれた那覇の皆様・・・本当にありがとうございました。さらに・・・毎日通勤でお世話になる横浜市交通局の皆様、新鮮な食材を提供してくれるヨークマートやコープかながわ、かれん、こだわり市場、そして生産者の皆様・・・キリがありませんが、みんなまとめて感謝いたします。ちょっと大安売りっぽくなりましたが!

(今、NHK-BS2の「詩のボクシング」を見ながらこれを書いている。いやあハマった!)

1年分の感謝を記して、2006年の『悠歩快走録』をおしまいにします。
皆様、お元気でよい新年をお迎えください。
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12月のランニング記録 & 今後の予定

フライング気味ですが、今月のランニングは今日で終わり、またブログの更新も今年は今日でおしまいにしますので。

【2006年12月】
月間走行距離 191km 前年同月比 118.6%
一日あたり走行距離 6.16km
実際に走った日一日あたり走行距離 13.64km(14日間)
今月の一日最長走破距離 42.195km(12月3日 NAHAマラソン)

【今月参加した大会】
NAHAマラソン(12月3日)
チャレンジドクロスカントリーin宮沢湖(12月17日)

【今後の大会参加予定】(いずれもエントリー済み)
*1月14日 港北駅伝(5km)
*1月21日 千葉マリンマラソン(ハーフ)
*2月4日 青梅マラソン(30km)
*3月18日 湘南国際マラソン(フル)
4月以降は未定。

走り納めの今日、年末年始休みの初日、いい加減に部屋を片づけ、遅ればせながら年賀状のデザインをし、午後16キロ走る。練習内容としては、ハーフ対策のペースランニング。いやそんなことを考えなくても、冷たい北風に否応なくペースがあがりました。
新年の初練習は6日あたりかな。三が日の一日くらい、帰省先で走ることがあるかも。
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2006年の「こころのこと」

4月にこのBLOGを始めた時、テーマを「心と身体」と設定しました。走ることはからだのことに通じ、描くことや観ることなどはこころのことに通じます。しかしそれ以前に、私はずっと自分の心に問題を感じていました。病気や障がいではない(らしい)のですが、病的な体質(気質)は自覚しています。子ども時代の「いじめられ」体験(決して「克服」したとは言えない)はかなり影響していると思います。ちょっとしたことで自分を肯定できなくなってしまう・・・

「うつ」や統合失調症などの人たちに共感します。私は薬をのむほどではないですが、時々、「境界線上」をさまよいます。一歩踏み外せば、無意識に「そちら」の世界に入るでしょう。

職場で、上司との衝突から、一歩も二歩も踏み外しそうになったことがあります。
しかし、踏み外さずに、通院したり薬をのんだりせずに済んだのは、アートクラブで話を聴いてくれたから。障がいのある人たちのための「授産施設」のクラブなので、理解があります。

BLOGを書くのも「カタルシス」になっています。
「こころのこと」カテゴリーを読み返してみると、最初は「快いことしか書きません」などと書いていたのに、だんだん「快くないこと」ばかりになりました。最近は「いじめ」問題や、「愛○心」の強制、「あいさつ運動」への疑問など。

このBLOGで一番多い記事は「走ること」で、走ること一辺倒にしてもいいのですが、どうも自分の心は許さないのです。自分の心の「安定剤」として、やむにやまれず書いている。どうかお赦しください。

さて来年、私は一歩、踏み外すのでなく、踏み出す覚悟です。その一つ、今は詳しく書けませんが、生活の糧に関して、ちょっとチャレンジをします。チャレンジですから、確実ではありませんが、心を奮い立たせたい!
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2006年の「からだのこと」

さすがに生誕半世紀ともなると、からだにガタが来ない方がおかしいのかもしれません。
100年以上前には「人生50年」が当たり前だったわけですから。

恐らく先天的な異常で、心臓の「完全右脚ブロック」を20年前から指摘されていましたが、今年初めて「要精検」と、定期検診で診断され、6月にスポーツ医学センターで心機能の検査を受けました。その衝撃の結果はこちら

当面の問題はなさそうですが。

11月はほぼひと月、下痢と風邪症状で悩まされました。ノロウイルスも流行り始め、もしかしたら私も流行の「最先端」にいたのかもしれませんが、検査ではわかりませんでした。その「闘病記」は11月のアーカイブで!

11月の体調不良は、12月初めの沖縄2泊3日ですっかり「完治」した感じ!

来年は、永年勤続の「ごほうび」で検査料を割引してもらえる(無料にはならない)「がん検診」または「脳ドック」を受けるつもりです。

「健康のためなら死んでもいい」などと言うほどの「健康オタク」では決してなく、快く生きて、飲んで、食って、走って、観て、描いて、仕事して・・・ということのために、健康を志したいのです。
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2006年の「観ること」

★映画
*『博士の愛した数式』 1月27日 ムービル(横浜西口)
*『パッチギ!』 2月11日 神奈川公会堂(東神奈川)
*『白バラの祈り』 3月3日 横浜シネマリン(伊勢佐木町)
*『クラッシュ』 3月10日 横浜ニューテアトル(伊勢佐木町)
*『ビリーブ』 3月20日 シアター・イメージフォーラム(渋谷)
『ヨコハマメリー』 4月21日 横浜ニューテアトル
『いつか読書する日』 7月2日 (旧)横浜日劇(伊勢佐木町)
『トランスアメリカ』 8月26日 横浜ニューテアトル
『硫黄島からの手紙』 12月15日 ムービル

今年はこれしか観ませんでした。3月は3本も観ていますが。
特別上映会で観たのが『パッチギ!』と『いつか読書する日』。『ビリーブ』はスペシャルオリンピックスをモチーフにしたドキュメンタリーです。第1作『エイブル』第2作『ホストタウン』に続くシリーズで、私は全部観ています。『いつか読書する日』を観た横浜日劇はその後使われないままです。「再生」はできるのでしょうか。

観たかった映画は数々ありますが、「いつか鑑賞する日」を待ちましょう!
DVDででなく、スクリーンで観たい。

★Museum & Art
『CHIKAKU/四次元との対話』 川崎市岡本太郎美術館 4月14日
『カルティエ現代美術財団コレクション展』『MOTコレクション』(常設展) 東京都現代美術館 5月1日
岡本太郎『明日の神話』 日本テレビ本社前 7月10日
『日本×画展 しょく発する6人』 横浜美術館 8月21日
『プライスコレクション 若冲と江戸絵画』 東京国立博物館 8月24日
『ヨロヨロン 束芋』 原美術館(品川) 8月24日
*『ルソーの見た夢、ルソーに見る夢』 世田谷美術館 11月3日
『荒木経惟 東京人生』 江戸東京博物館 11月26日
『大竹伸朗 全景』 東京都現代美術館 12月24日

今年は現代美術にずいぶん偏った鑑賞をしたように思いますが、若冲とルソーはまあ例外か。
しかし若冲もルソーも、現代美術となんら変わらないように思います。
岡本太郎ももはや現代美術の「古典」かもしれませんが。

私にとって美術鑑賞は「教養」ではなく、純粋に心を解放するクスリなのです。だから岡本太郎の「なんだ、これは!?」の気持ちで、わくわくしながら観に行くのです。
今年はずいぶん収穫があった気がします。
来年はどんな「なんだ、これは!?」に出会えるか。
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2006年の「描くこと」

毎週土曜日に行われている障がい者通所授産施設でのアートクラブに通い始めて5年。ここ2年ほど、ランニングクラブとの「両立」をはかり、月1回か2回はお絵描きに行きます。去年は初めて油絵を描き、版画もやったのですが、今年は水彩か色鉛筆の絵ばかり。

さて、今年の「画業」を画像でふり返ってみよう!
アナーキーな蓮根#0601
大根役者は寝ている#0601
穴ウメの絵#0603
つるつるの春#0604
からっぽのカラー#0605
水面:木場#0607
GreenVibration展#0608
用ナシの二人#0609
カキカケの柿#0610
青林檎も寝ている#0611
なんくるないさーシークアーサー#0612


上から、「アナーキーな蓮根」1月14日/「大根役者は寝ている」1月21日/「穴ウメの絵」3月4日/「つるつるの春」4月15日/「からっぽのカラー」5月27日/「水面:木場」7月29日/Green Vibration2006・悠歩コーナー 8月8日/「用ナシの二人」9月16日/「カキカケの柿」10月21日/「青林檎も寝ている」11月12日/「なんくるないさーシークァーサー」12月9日

駄洒落90%でした!
今年は「水面」の絵を描こうと思っていたのに1枚しか描けませんでした。
来年はできるだけいろいろな手法を使って、いろいろな表現をしてみたい。
今年初めて、3〜4年前の作品で参加したGreen Vibration展や、毎年参加しているアートクラブ展にも作品を出したいと思います。忙しくなっても、絵を描く時間はつくりたいものです。
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2006年の「走ること」

今週はカテゴリーごとにこの1年をふり返ることにしました。今回は「走ること」について、画像でふり返ります(小さくてすいません。わざと小さくしましたが!)。

港北駅伝
青梅マラソン2006
荒川マラソン2006
かもめマラソン
横浜駅伝2006
渡良瀬マラニック
名栗湖マラソン2006
ミニ駅伝2006
行田マラニック
富士山クロスカントリー
箱根路を走る会
高尾山森林マラソン
東日本国際駅伝
夢舞いマラソン
地引網合宿
NAHAマラソン2006
宮沢湖クロカン

順番に、港北駅伝(1月15日)/青梅マラソン(2月19日)/東京荒川市民マラソン(3月19日)/かもめマラソン(3月25日)/横浜駅伝(4月29日)/関東マラニックの会・渡良瀬川〜館林マラニック(5月3日)/名栗湖〜棒ノ嶺ピークハントマラソン(5月28日)/関東マラニックの会・青山御所ミニ駅伝(6月3日)/関東マラニックの会・行田マラニック(7月15日)/富士山クロスカントリー(8月20日)/箱根路を走る会(9月10日)/高尾山森林マラソン(9月24日)/東日本国際駅伝(10月1日)/東京夢舞いマラソン(10月8日)/FRCジョギングと地引網合宿(10月29日)/NAHAマラソン(12月3日)/チャレンジドクロスカントリーin宮沢湖(12月17日)

今年1月から今日までの走破距離は、2144kmになりました。
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宇和島の「全身芸術家」をナマで見る:『大竹伸朗・全景』

木場の宇和島駅

宇和島です!

高校時代に修学旅行で行き、闘牛を見たのを覚えている場所ですよ!
つい先ほど帰って参りました。うちから1時間半ほどでした!

見え見えの嘘ついていますね! わかる人にはすぐわかる!
宇和島駅のネオンサインのあるここは、東京都江東区木場、東京都現代美術館です。
今年の美術展で最も評価が高い展覧会の一つ『大竹伸朗 全景』展、今日が最終日です。ずっと見に行きたいと思いながら、機会を作れず、最終日になんとか間に合いました。

大竹伸朗(おおたけしんろう)は、実は今日知ったのですが、私と同学年です。しかも同じ東京の北部に生まれ育ったとのことで、とても親近感が湧きました。

今回の展覧会は、時系列に作品を並べた回顧展です。それも、小学生の時の落書きや図工の課題から。その前に、ものすごい量のスクラップブックが展示されています。この人のスクラップブックは、スクラップブック自体がスクラップそのもの、いや、ゴミみたいなもの!(これほめ言葉なんですけど!) 圧巻は10000ページ超、重さ200kg以上もあるスクラップブック! まさに圧巻です。

大竹伸朗の「芸風」を一言で紹介するのはほとんど困難でしょう。この展覧会をくわしく紹介するとなると、10000ページ、まさに万巻の書が必要? 実際、この展覧会の図録は、会期中に製作が間に合わなかったそうで、ショップに束見本だけ置いてありましたが、いわば「電話帳」並み。頒価は6300円、予約受付中、とのことでした!

小学生の時の作品がすごい。セントバーナード犬のスケッチは見事! 当時の漫画『紫電改のタカ』と『黒の・・・(不明)』を合成したコラージュと合わせ、大竹の「芸風」の原点かと思われました。小学生の時の作文がこれまたすごい! 日本の文化を残したい、大きくなったら、左甚五郎にも負けない「ほりもの」(彫刻)をつくりたい・・・ 原点ですねこれは。

芸大受験に失敗して、しかし大竹は考えるところあって、北海道は別海町(当時は日本一広大な「村」ではなかったか)の牧場に住み込み働くのです。その後武蔵野美大に入りますが、海外放浪も始まります。その後、宇和島に住み着いて現在に至る。

大竹の「芸風」は、小学生時代に芽を出し、北海道、イギリス、アメリカ、ケニア、宇和島・・・で拡散し収斂し醸成された・・・ そして今も発酵中?

ありとあらゆる絵画技法、具象も抽象も、平面も立体も、タブローもインスタレーションも、パフォーマンスも! 何も手を加えていない「ガラクタ」も作品!(宇和島駅のネオンサインもスクラップを譲り受けたもの。他に、パチンコ屋にあった巨大な「自由の女神」も!!)
約2000点の作品が展示されていて、宇和島から4tトラック15台で運んできたとか!!

少なくとも40年間の作品が展示されているわけで、となると、年間50点の作品、それも選んでのことで、まだまだ宇和島のアトリエ(ゴミ屋敷か!?)には作品があるらしい。

都現代美術館の常設展示室以外の全スペースを一人の作家が使ったのは、この美術館始まって以来のことらしいです。快挙にして怪挙と言うしかない!!

ちょうど大竹本人(ナマ大竹!)が音を鳴らすパフォーマンスを見ることができました。

好きなことを目一杯やって、妻も子もいる(家族の写真も作品になっている)大竹くん(とあえて呼ばせてほしい)、同学年としての親近感は湧いたけど、凄すぎる!! 自分の小ささに恥じ入るばかり・・・

とてつもなく小さくなった私は、美術館を出て、木場公園〜門前仲町〜佃島〜勝鬨橋〜築地〜新橋と歩き、内幸町から地下鉄に乗ってとぼとぼと帰りました。チイセエよなあ・・・ まあいいか!

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週間雑感*2006年第51週/忘年

忘年会。職場関係の忘年会がこの週は2回。1回は豪華?景品の当たる抽選会付きの親睦会の「全体会」で、幹事はそれなりに盛り上げていましたが、この職場の行く末のことなどの「暗雲」を吹き飛ばすような雰囲気はなく、ごく普通のコース料理を食べに行ったようなもの。抽選にはずれてばかりだったから言うわけではありませんが!

なんだかサメていた感じで、これは「酒のつきあいも仕事の延長」と言ってはばからない堅物の事務部長の影響か? と言うより、大所帯で日頃セクション同士の交流がないので、幹事団の力量が問われます。私も持ち回りで幹事団に入ったことがありますが、予算も知恵も少ないので、大変でした。「仕事の延長」ですかね?

もう1回はわがセクション5人のこじんまりとした会で、チーフのお祝い事もあってちょっとなごやかに、話もはずみましたが、こちらも宴会というより夕食会、という感じ。酒飲めない人もいたので。酒飲まなくても、うまいもの食べて、仕事と関係ない話をして、笑って時を過ごす。こういうスタイルの忘年会もいいものです。

訃報連発。青島幸男さん、岸田今日子さん、「カンニング」の中島忠幸さん。まさに多才、稀代のマルチタレントだった青島さん、今の人以上に「間違って選ばれちゃった」感の強い都知事の頃からその多才ぶりが衰えてしまったのは惜しかった。しかし「青島だあ!」は永久に不滅。名演技もさることながら、独特の声も魅力的だった岸田さん。繊細ながらも存在感のある女優でした。中島さんは、若すぎる死。同じ白血病だった本田美奈子.さんとの交友もあって、回復したら同じ病と闘って生きている人たちを支援する活動をしたかったそうで、余計に切ない。暴走する相方にブレーキをかける「芸」にももっと磨きをかけてほしかったのに、とても残念です。
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Person of the year

今年の人?


アメリカの週刊誌"TIME"の年末号は毎年"Person of the year"を選んで特集しており、表紙にはその人の顔が載る...そうなのですが、今年は顔写真がありません。PCディスプレイの写真の画面部分にアルミフォイルのような素材が貼り込まれているだけ...

面白いのである筋からgetしてみました。

表紙の言葉。
You. Yes,you. You controll the Information Age. Welcome to your world.
(今年の人は)あなた。そう、あなたです。情報時代をコントロールするあなた。あなたの世界へようこそ。

あなた、つまり私が表紙の「鏡」に写り、表紙の顔、今年の人になるしかけ。

内容は私の英語力では十分理解できませんが、おもにネットの世界、BLOGやYouTube、MySpace、Wikipediaなどで活躍する人たちを取り上げています。日本人は残念ながらいませんが、OhMyNewsの市民記者(韓国人)が取り上げられています。いわばanonymousまたはunknownというべき人々。

今日のYahooのトピックスによれば、ブロガーは、自ブログの更新、他ブログの閲覧、他ブログへのコメント・TBの頻度によって、6タイプ(段階)に分かれるとNRI(野村総研)が分析しているそうです。この分析の意図はあくまでマーケティングで、それは私にはほとんど興味ありませんが、タイプの分け方が面白い。私はさしづめ「自己完結ブロガー」か?

TIMEに取り上げられた人々は、NRIのタイプでは「アルファブロガー」の段階にある人たち、WEB2.0の申し子と言ってもいいような人たちですが、ブロガーの風上にも置けないようなanonymousの私も、TIMEに Yes,You. などと持ち上げられたような気分で、表紙の「鏡」に写ってみました。

でも完全な平面ではないので、どうしたってゆがんで写ってしまいます...
ま、自分の真の姿は自分にも見えないのではないかな...?
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「愛○心」その1:愛校心

今夜職場の人と飲み会(いわゆる忘年会)があって、別セクションの女性が私の出た大学の近くの大学出身だということがわかったのです。彼女は、今もこの場所にある「母校」を愛していらっしゃるようで、話が弾んでいましたが、私はこの街の思い出はあっても「母校」をあまり愛しておりません。

というのも、今その場所に私の「母校」はないから。大学のあった場所はオフィスビルだかマンションだかになって、街の景色も匂いも変わってしまったよう。

で、ふと思い出してみると、小学校、中学校、高校は、廃校になったり移転したりはしていませんが、校舎はみな、まるで変わってしまっています(小学校は木造校舎でした)。まわりの町並みも様変わり。

はなはだしきは、小学校の近所にあった店がほとんどなくなっています。駄菓子屋も文房具屋も、コロッケのおいしい肉屋も。学校の名が商店街の名前にもなっていたのですが、商店街自体消滅。

私は高校1年生まで「いじめ」の標的にされ続けていましたし、友人はほとんどできず、信頼できる教師にも出会えませんでしたから、小中高校時代のことは思い出したくもありません。

「母校」のあった場所から「母校」の面影が消えてしまったことを、残念だとはちっとも思わない・・・ しかしほんの時たま、「母校」のあった場所を訪れるのは、とりあえず自分のいた場所を「確認」しておきたいからでしょう。

「愛校心」のかけらもないようですが、自分の足跡への「愛」はある意味あるのかも。

『ある「愛」のウタ』に続く、「愛」に飢えている悠歩の「愛○心」探求その1でした。
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Challenged Cross-Country Race in Lake Miyazawa

チャレンジドクロスカントリー1


今年最後のレースにチャレンジ。
その名も「チャレンジドクロスカントリー」!

チャレンジド Challengedとは、「神から挑戦すべき課題や才能を与えられた人」という意味合いで、米国で"Handicapped"や"Disabled"に代わる呼び方として提唱されているようです。
つまり、「障がいのある人」を「挑戦する人」と言い換えているわけですね。

昨年から始まったこの大会を主催するのは、埼玉県で活動するNPO「スポーツエイド・ジャパン」(正確には、スポーツエイド・ジャパン内の大会実行委員会です)。
「棒ノ嶺ピークハントマラソン」や「奥武蔵スーパークロスカントリー」も主催しています。今回と合わせて「奥武蔵トレイルランニングシリーズ」。私は棒ノ嶺に今年初参加しました(ピークハントは雨天のためできず、「名栗湖」を2周するロードレースでした)。

さて「チャレンジド」について、主催者のごあいさつでは、「障がいあるなしにかかわらず、みんなチャレンジドではないでしょうか」とおっしゃっていましたが、そのとおりですね。
言ってみれば、「障がい者」を言い換えても区別することに変わりはないわけで。
でもこの大会では年代別のカテゴリーと別に「チャレンジドの部」がありました。競走である以上、混合では... 「区別」とか「差別」とか言い出すと、スポーツの意義にかかわる議論になります。これ以上はここでは書かないでおきます。

この大会は山道を走るクロスカントリーなので、車椅子での参加はできず、チャレンジドの部には主に知的ハンディのある人たちや、視覚にハンディのある人たちが参加されていました。

宮沢湖2006/12/17

宮沢湖はこんな湖。灌漑用のため池です。釣り(わかさぎなどが釣れるらしい)やボート遊び、湖畔の小さな遊園地に遊ぶ人たちはけっこういるようです。近場のレジャースポットかな。

湖畔を1周する2.5kmの部と、2周する5kmの部のスタート。(記事トップの写真)
1周は小学生が多く参加していました。最年少は6歳のアメリカ人。横田ストライダーズ所属。
横田からは10kmにも多数参加がありました。
ちなみに最高齢は76歳、10kmの部にチャレンジ。

5kmの部には地元高校の陸上部の生徒たちも参加。1位は16分台でフィニッシュした高校生、3位まで同じ高校の生徒でした。湖畔コースは起伏はなさそうですが、さすが高校陸上部、速い!

10kmの部は、湖畔から、丘陵のハイキングコースを周回して湖畔に戻るコースを2周。標高差はせいぜい50mくらいと思われますが、細かい起伏、このところの雨でぬかった赤土の道、となかなかチャレンジを求められるコースです。

私はこの場所には縁があります。学生時代、この丘には何度となく来て、駆け巡っていました。オリエンテーリングです。
ゆるやかな起伏の森を地図とコンパスを手に、縦横無尽に走り回っていたのですが、ゴルフ場開発で森には立ち入れなくなってしまいました。
せめてハイキングコースを残すためにと、学生有志でコースの清掃に行ったこともありました。

ゴルフ場の周囲を走る今回のコース、ちょっとした感慨をもって走りました。

しかし1周目は、速いランナーにつられて苦しかった。息があがりそうになります。足を運ぶのがいっぱいいっぱい... 下りもブレーキがかかってしまいます。

2周目は、コースに慣れたせいか、自分のペースを維持して走れました。スピードは後半上り調子! ただラップは1周目も2周目も同じくらい。

コースは前半がハードで、後半はゆるやか。ただし、湖畔に出る前に最後の苦しい上り坂がありました。

ゴールしてみれば実に爽快! やっぱりクロカンはいいなあ♪ どんよりした空でしたが、10kmスタートの頃には陽射しがあり、けっこう汗かきました。

10kmの部トップは39歳以下の参加者で、45分台。平地だったら35分を切るでしょう。50歳代でも1位は50分台。
私は1時間1分か2分といったところで、60歳代だったらどうにか3位に食い込めそうでした...なんて言うのは10年早いぞ!

最高齢76歳の方も完走。お見事。私も走り続けたい!
チャレンジドクロスカントリー2

参加者数は全部で300人余り。このくらいの規模のレースはいいですね。なんだかあったかい雰囲気。もちつきがあったり、スタッフはサンタクロースの被り物をしていたり。ランナーには被り物、仮装はいませんでしたが。

知的ハンディのある10代の子たちが笑顔をふりまいて、これもいい雰囲気をつくっていた感じ。
本当に走るのを楽しみに来ている子たちばかりだったような気がしました。

私の所属クラブにも知的ハンディのある若いメンバーがいて、生き生きと走っています。来年は彼らとこの大会に出たいと思いました。
あえて「チャレンジド」をうたわない「普通」の大会にも、普通に出ていますけどね。

チャレンジドクロスカントリー3

参加賞の帽子にある絵は、スポーツエイド・ジャパンのキャラクター「ムサッシー」だそうです。
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週間雑感*2006年第50週/憂鬱

引き際。わが職場は「リストラ」まであと数年ということになっておりまして、それでも「顧客」が一定数おいでになる以上、あと数年はサービスの質を落とさずに、しかし低予算で運営して行かなければなりません。

いよいよ今週は、職場の運営に支障のある問題がいろいろ出てきて、頭を抱えてしまう1週間でした。取引先が「引き際」をほのめかしてきている... サービス低下にかかわる問題。

私自身の「引き際」も考えたくなるほど、憂鬱になる1週間でした。

憂鬱、と言えば、このクニの行く末について思わざるを得ない1週間(とくに後半)でもあったわけですが、今は何も言いたくありません。この先さらに大変なことが...

ノロウイルス。これも目下の憂鬱ですね。私の先月の不調はもしかしたらノロのせいかとも思わないでもないですが、検査結果はウイルス検出せず。ただ、通院が遅かったので、すでにノロの影響はなくなっていた?

ところでノロウイルスという名は2002年から使われているものだそうで、それまで「小型球形ウイルス」などと呼ばれていたようです。ノロによる食中毒は今年に限らず毎年8000人から1万人の患者が出ているそうです。ただ今年は発生時期が早いそうです(参照:ノロウイルスに関するQ&A(厚生労働省))。また、今年はここ10年で最悪の状況、とNHKが報道しています。

過剰な清潔志向がつくった「流行」という気がしないでもありませんでしたが、どうもそんな他人事のようなことを言っていられないようで、不気味さを感じますね。

忘年会。日曜日にランニングクラブの忘年会があって、ニラの入った鳥ちゃんこをにんにくで食べて仕上げはラーメン鍋。これが元気の素でした。だから週明けは元気だったんですが...
来週は2回、さらに次週に1回。他にもあるかも。何回でも年を忘れてやりますよ!

明日は今年最後の「忘年レース」(チャレンジド・クロスカントリーin彩の国宮沢湖)参加。クロカン走でとりあえず今年の憂鬱を吹き飛ばしますよ!
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『硫黄島からの手紙』のごく簡単な感想

この国の「基本」が「右折」する曲がり角にさしかかった日、憂国、いや夕刻にクリント・イーストウッドが監督した「日本映画」『硫黄島からの手紙』を観てきました。

アメリカ留学の経験があり、アメリカかぶれと揶揄されつつ、日本軍にしては型破りな徹底抗戦を選んだ栗林忠道中将。イーストウッドには、感じるところがあったのでしょうか。
精神主義より合理主義を重んじる栗林中将はなぜ硫黄島の指揮官に選ばれたのか。最悪の戦況となっても本土からの援軍も得られなかったのは、栗林中将はやはり日本軍に疎んじられていたからか? アメリカでは栗林中将は「敵ながらあっぱれ」と評価されているとか。

戦争のことは私はよくわからないし、わかりたくないので、上記のことはどうでもいいです。
栗林中将が偉かったとか画期的だったとか、正直言って私にはよくわかりません。イーストウッド監督もとくに栗林中将を礼賛する風でもありません。

ただただ、戦争の狂気、日本軍も米軍も、その兵隊たちの戦場での狂気(日本の憲兵の「銃後」での狂気も)が、迫力をもって描かれていたことに、感じ入りました。

戦場の狂気には、愛国心も命を大切にする心も吹っ飛んでしまう。
「テンノーヘーカ」のために、「お国」のために、自決するなんて、狂気の沙汰。米軍に投降した日本軍の兵士を疑って殺す米兵も、狂気の沙汰。

監督がアメリカ人だというのは、あまり気になりませんでした。『ミリオンダラー・ベイビー』に通じるところがあったかどうかわかりませんが、イーストウッドの映画作りはシャープさがあるとは思います。

『父親たちの星条旗』は観ていません。機会あったら観たい。
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ある「愛」のウタ

まだ見ぬひと
あなたを愛したい
「国」よりもまず
あなたを愛したい

まだ見ぬひと
あなたに私は愛されたい
「国」よりもまず
私を愛してほしい

このくにの
景色や音や絵や文字や物語
みな愛するに値する
いやそれよりも
私が愛するに値する
まだ見ぬあなた
あなたを私は求めている

「愛」を
私は強制しない
強制されたくもない
だから私は
待つ
待っている
待ってきた

だからこのトシだ(笑うしかない)

このくにの
景色や音や絵や文字や物語
愛するに値するが
このくにには
愛せないことがらも多くて

だから「国」を愛せよと指図されても
命かけても愛せない

それより
まだ見ぬあなた
私が愛するに値する
まだ見ぬあなた
あなたを私は求めている
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18084人の思いは重い

9日から今日まで行われていたネット署名運動に駆け込みで賛同署名しました。
重複を除いて18084人が有効署名数だったようです。
しかしサーバーが一時ダウンしたり、ブラウザによって署名フォームが表示されなかったりで、気持ちがあっても署名できなかった人がかなりいたようで。人数以上の重みがあると思います。

何の署名かと言いますと、この国の「基本」にかかわるとても「基本」的なことを変えてしまおうという拙速な動きに対し「もっと慎重になって、さまざまな考えの人の意見を十分聞いて議論してください」と訴える、有識者のアピールに賛同する署名です。

「反対!」と叫ぶのではなく、「ちょっと待って!」と言うものです。議論を尽くしてください、と言っているのです。
実にあたりまえの「常識的」なことをおわかりにならないセンセイ方が永田町方面に多数いらっしゃるようなので...

大体、どうして今、「変える」必要があるのか?
これが私の最大の疑問。

「基本」だからゆるい(しかし崇高な)「決め」だったのを、いきなりキツく細かい「決め」にしてしまう無理も感じられてなりません。

「国民投票」ができないのですから、せめてもっと国民の声を聞いたら、国民の疑問に答えたらどうなのでしょう...と私は思うのです。
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快読録2:恩田陸の作品三つ

『きのうの世界』
『ねじの回転』
『夜のピクニック』

今売れている作家の一人恩田陸の作品を今年前半から続けて読みました。上記タイトルは読んだ順です。

★『きのうの世界』は『神奈川新聞』の連載で読みました。他のいくつかの地方紙にも時期をずらして連載されたようです。まだ単行本化はされていません。読者を「あなた」呼ばわりする独特の文体、交代する複数の語り手・・・それもあいまって、不思議な感覚をもった作品です。

発端はあるサラリーマンの失踪事件。おもな舞台は、由緒不明の3本の変わった塔が立ち、町中を幾筋かの川が流れている地方都市。川の中州に誰も近づけない家があって・・・と奇妙な謎に包まれた街。そこで起きた殺人事件。それを追う正体不明の人物・・・ 最後にはこの物語最大の秘密が明らかに・・・?

新聞連載小説はほとんど読まない私ですが、この作品は書き手に注目したこともあって、毎回楽しみに読みました。ただ、最後は・・・? これは「問題作」だ! 出版をお楽しみに!

★『ねじの回転』。これもハッキリ言って問題作。「二・ニ六事件」を題材にした長編(上下2冊)の歴史SF。それもかなり掟破りのSFでしょう(SFというものはみな掟破り、と言えなくもないが)。

歴史を改ざんしようとする勢力と「史実」通りに「修復」しようとする勢力の時空を超えた戦い。歴史(過去)が未来からの介入によって改ざんされてしまったら未来(現在)はどうなってしまうか? それが「二・二六事件」であるだけに! 奇妙な感覚に時に襲われる作品でした。

★そして『夜のピクニック』。今や恩田陸と言えばこの作品と言われそうですが、映画化の力でしょう。しかし紹介した上の2作と比べて、同じ作家の作品か?と思ってしまいます。SFでもなくミステリーでもない、ほのかなほろ苦さを加味した青春ドラマ。映画で言えばロードムービー。

数少ない登場人物の人物描写がくっきりしていて魅力的。ごく「普通」の高校生であって「普通」でない境遇にある主人公貴子の心模様が、とても「普通」。言いかえれば「自然」です。

作者自身、母校で夜間歩行行事を体験していて、エピソードはほとんど創作でしょうが、自らその時のことを思い出しながら楽しんで書いたのではないか・・・そう思えるほど、楽しさがストレートに伝わってきます。深い感動があるわけでもないのですが、読んで気持ちのよい小説です。

しかし恩田陸というヒトはよくワカラナイ作家だ。気になるので他の作品も読んでみたいものですが、最近は横山秀夫にはまっている・・・
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2週間雑感*2006年第48・49週/回復週間

うちなーの香り

元気回復。このところこればっかり書いている気がしますが、身体も心も喜んでいるので、つい♪

ごほうび。沖縄行き直前に、「長いことお勤めご苦労さん賞」をいただく光栄に浴しました。なんだか肩を叩かれた気もしないでもないですが、「副賞」として、がん検診を含む人間ドックの「優待」もあり、あと10年くらい元気で働け!というむちを打たれたという気もします。前途は余り明るくないのですが。最近の体調不良のこともあるので、ドックは受けようと思います。

沖縄のこと。私はただ走りに、観光に沖縄に行って来ただけですが、沖縄に次ぐ「基地県」に住む者としては、在日米軍基地の存在は気になります。経済の貧しさ(那覇市内を見る限り、それは余り感じられないのですが)は県民の課題だと言います。それが、先頃の知事選に反映されたようですね。経済発展第一・基地対策第二の候補が選ばれたようですが、基地の撤退を訴えた候補も善戦。

マラソン後の打ち上げで地元の人とも「ゆんたく」した中で、ウチナンチューの心の豊かさと懐の貧しさについて語り合い、タクシーの運転手さんは、沖縄の出生率の高さは「なんくるないさー」精神のせいで問題だなー、などと言うのを聞きました。子だくさんでも、児童虐待事件が沖縄で起きないのは、心の豊かさ、「ぬちどぅ宝」精神でしょうかねえ。

在日米軍基地の問題は、憲法、日米安保条約、世界の情勢を総合して考えなければ、軽々に語れないと思いますが、基地の騒音や米軍機墜落、米軍人の犯罪に、日々怯える人々のことを考えると、なんとかならないか、と思わずにはいられません。「安全保障」って何なんだ?と、矛盾を感じるのではありますが。

うちなーの香り。今日、雨だったので、ランニングクラブ定例練習会は中止。代わりにアートクラブへ。ささやかな那覇みやげとして、シークワーサーを持参して、絵のモチーフにもしました。自宅でもミミガーや島らっきょう、泡盛にシークワーサーを絞って、沖縄の余韻を楽しんでいます。もうしばらく続きそう♪
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NAHAマラソンツアー・那覇まちある記

2泊3日のうち1日はマラソンなので、あまり観光する時間はありません。沖縄本島だけでもいろいろ行きたいところがありますが、1週間くらいあればなあ、と思います。まあこれから毎年行くでしょうから、少しずつ歩きたいと思います。

今回は初日の午後と最終日のお昼前の2時間ほど、那覇市内の街歩きをしました。初めての人も一緒だったので、その人の行きたいところを中心に。

那覇の街角で:首里城

首里城。私は昨年も行きましたが、3日目の出発前だったのでタクシー使って駆け足でした。今回は少しゆっくりとは言え、結局首里城だけ。昔の町並みの残る首里の街をのんびり歩きたかったですが、また次回の楽しみに。首里城では、赤と青に彩られたイソヒヨドリがいい声でさえずっていました。こちらでは普通に見る鳥さんらしいです。

那覇の街角で:波の上ビーチ

首里からタクシーに乗って、波之上宮へ。よしおさんが昔来られて思い出のある場所だと言うので。私は初めて。翌日元気に走れますようにと祈り、神社の下の砂浜(「波之上ビーチ」)へ。長さ100mほどのせせこましい砂浜で、海上には道路の橋がかかり、余りいいところではありませんが、海はエメラルド色でまぎれもなく沖縄の海。かつての波之上宮はよしおさんの記憶では社殿の裏にすぐ海が見えたそうです。このあたりは那覇港の一画で、埋め立て地に囲まれてしまい、すっかり都会の真ん中という感じです。砂浜を裸足で何往復もしている体格のいいオジサンがいて、ハイサイ!という感じで記念写真撮影に協力してくれました。

那覇の街角で:福州園1

福州園。ここは皆初めて。波之上ビーチから市内中心部に向かってそぞろ歩いていたら偶然見つけたところ。中国風の庭園でしたが、那覇市と福建省の福州市との友好都市締結10周年を記念して造られたそうです。周りの街の風景が入らないように撮影すれば「中国行ってきたよ」と写真見せても疑われないね!などと話しながら見て回りました。

那覇の街角で:福州園2

石を高く積み上げて造られた築山の下が洞窟になっていて、滝の裏も歩けました。

那覇の街角で:壷屋1

那覇の街角で:壷屋2

3日目、市場での昼食の前に、市場の近くにある壷屋やちむん通りに行ってみました。初めて行きました。那覇中心部では珍しく昔の町並み風情が残っていました。

那覇の街角で:壷屋4

やちむんとは焼き物のこと。壷屋焼の工房がたくさんあります。若手作家の作という、1000円でおつりをもらえる安い茶わんを買いました。読谷の登り窯で焼いたものだそうです。壷屋では煙が周りの迷惑だというので、もう登り窯は使われていないとのこと。登り窯は郊外に移転して、今壷屋にある工房は電気やガスで焼いているそうです。ただ一ヶ所の使われていない登り窯が、ガジュマルの木に囲まれて保存されていました。

那覇の街角で:辻気功師?

市場に戻る途中の裏町であやしげな気功師がオバアを治療?していました。店のシャッターの貼り紙がさらにあやしげ! 「あなたの瞳を見てスピリチュアルインスピレーションメッセージを書きます」「一筆入魂」「お代は1000円〜」(写真がボケボケで掲載できず残念!)

那覇の市場にて3

那覇の市場にて1

那覇の市場にて2

屋内の公設市場、熱気がこもって身体も心も熱くなります。エビも豚も元気です!

那覇の街角で:壷屋3

那覇の街角で:アカバナー

元気と言えば花も。そう言えば初めて沖縄に来た人が、沖縄は紅葉がないんだ、と言っていました。冬でも枯れない沖縄。元気になるわけです。

というわけで、これにてNAHAマラソンツアーのお話はおしまいにします。ぐぶりーさびら!
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NAHAマラソンツアー絵入り完食記!

NAHAマラソンの楽しみの一つは食べること、飲むこと!
ソーキそば、豆腐やゴーヤのチャンプルー、海ぶどう、紅いも、ミミガー、アシテビチ、島らっきょう、シークワーサー、スターフルーツ、サーターアンダーギー、ちんすこう、黒糖、雪塩、ウコン・・・ そしてオリオンビールに泡盛!

1週間前までどん底の胃腸の調子だったので、那覇で私は果たして走れるのか、食えるのか、飲めるのか???と心配だらけでしたが、1週間の治療(漢方薬を含む薬、お灸、睡眠、禁酒)で週半ばにはかなり体調良くなり、那覇空港に降り立ってみれば20℃を越える暖かさに身体が喜びました。

初日の昼はマラソンの前日受付会場近くの某観光客向けレストラン。ここのチャンプルー定食がひどいのなんの! こんなものを本場沖縄のチャンプルーだと思わせたら罪です! 店の構えにだまされました! チャブニチュード判定委員会に告発しようかな!

夕食は国際通りの延長上の道路沿いにある料理屋で。ここで昼のリベンジを果たしました! 歯触りのいい海ぶどうは東京周辺の沖縄料理屋で食べるよりずっと甘味がありました。堅くしまった島豆腐も甘味があります。チャンプルーは昼の食堂「A」とは格段の差!! 豚の角煮はジューシー。ビールも泡盛も、適度にいただきました。元気が出てきました。翌日のレースのため、8時前には飲み食いを切り上げてホテルに帰りました。

ホテルの朝食はサケの焼き魚や納豆など、日本の正しい朝食。これが元気の素です!

前夜、ホテルの部屋で、4人ばかりでほんのちょっと「二次会」をしたのですが、この時近くのコンビニでメンバーが縁起物を買ってきました。「カクテキ(勝つ、敵に!)」「キットカット(きっと勝つと!)」・・・ 私はもう食べる気なかったので、翌朝、スタート前に残りのキットカットを食べました! これが想定外のクラブ内1位の秘密!?

NAHAマラソン会場の屋台

マラソン会場の屋台はほとんど市場! こんなにぎやかな屋台は他のマラソン大会会場ではまずお目にかかれないでしょう。ネーネーたちが元気元気! 走り終わってからここで食べたソーキそばは盛りがよくてソーキも柔らかくて、すっかり腹を満足させてくれました。

レース後の打ち上げは、ホテルの近くの裏通りにある、地元の人向けの料理屋へ。わがクラブには沖縄に何度も通っているメンバーがいて、那覇にはお友達も。そのお友達はレース前に会場に来てくださり、メンバー全員に珊瑚とシーサーのついたストラップをプレゼントしてくださいました。そして夜は宴をご一緒に。

那覇で食べたもの1

那覇で食べたもの2

この店はとくに沖縄料理を出すわけではなく、魚を中心に、家庭料理風の創作和食を出すお店のようです。
地元の人たちとよもやま話をしながら、刺し身やてんぷら、野菜の煮物など、そしてビールも泡盛も、進みました。マラソンの疲れもすっかり忘れました。地元のUさん、Sさん、にーふぇーでーびる!

那覇3日目、3時過ぎの飛行機に乗るまで、公設市場周辺でお土産を見つくろったり、市場の食堂で最後の打ち上げをしたり。

市場の新鮮な魚を選び、調理してもらって市場2階の食堂でいただきます。食堂は昼前からおおにぎわい。修学旅行生の姿も。

那覇で食べたもの3

那覇で食べたもの4

那覇で食べたもの5

刺し身はアオブダイや伊勢エビ、ヤコウガイなど。海ぶどうがツマ。シコシコとした歯ごたえが新鮮さの証し。グルクンの唐揚げはカルシウム丸かじり。煮豚がこれまたジューシー。小泉武夫先生風に言えば、旨みがちゅるちゅると出てきて頬落舌踊でございました!

ああ、食べて飲んで走ってまた食べて飲んで・・・ 「医食同源」と言うとおり、私は那覇に治療に行ったようなものでした。もちろん効果てきめんでした!
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第22回NAHAマラソン絵入り完走記!

NAHAの朝

2006年12月3日日曜日、那覇市奥武山(おうのやま)公園の朝。

NAHAマラソン参加は2回目ですが、前回(昨年)はずっと曇りがち。雨も降りました。今年のこの日、予報は曇りでしたが、朝からこの青空。暑くなるかも。この時間の気温は21℃。

NAHAマラソン会場

会場に入る人たち、みんな何だかのんびりしています。私たちも。

NAHAマラソン、スタート前の仲間たち

今回は、クラブのメンバー、17歳から60歳までの11人で参加。前日の受付会場で地元RBC(琉球放送)ラジオの生番組のインタビューを受けました。本番前にインタビュアーが「濃い集団ですね!」と私たちの第一印象を述べました! 濃い?

NAHAマラソンスタート


NAHAマラソンスタートの知花くららさん

スタート。スターターは「ミス・ユニバース」準グランプリのウチナンチュー・知花くららさん。那覇市長と並んでランナーを見送ります。

NAHAマラソン、国際通りへ

那覇のメインストリート「奇跡の1マイル」国際通りへ。

NAHAマラソン、国際通りにて

沖縄にも白鳥が飛来?

NAHAマラソン台湾応援団

台湾からの応援団。沖縄から「日本」より近い台湾からの参加者は多く、このマラソンを結婚式に利用した台湾人カップルも今回いたそうです。

NAHAマラソン、三線の応援

軽い感じで三線を奏でるウチナンチュー。ここは沖縄だと実感します。

NAHAマラソン、バニーちゃん

いろんなコスチュームの人が走ってます。ちなみにわがクラブのメンバーは皆さんごくふつう。次回は?

NAHAマラソン、応援の子どもたち

なんと言っても元気をもらえるのは沿道の子どもたちの笑顔です。衣装もいいですね。

NAHAマラソン、酋長も走る

沖縄先住民族? 毎年この姿で参加されているそうです。

NAHAマラソン、給水所

給水のあとでエイサーの応援は元気が出ます。

NAHAマラソン、太鼓の応援

太鼓の応援は本土の大会でも結構ありますが、和太鼓と違って沖縄の太鼓はどこか軽やか。それがまたいい。

NAHAマラソン、タッチする人たち

本当にさりげなく、沿道の人たちが手を出してタッチしてくれるのです。手を合わせて気が通じるのです。元気になるのです。手と手のしわを合わせてしあわせ〜、とも言いますね♪

NAHAマラソン、のんびり応援